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2008年12月15日

二十四の瞳 岬の分教場

二十四の瞳 岬の分教場

 二十四の瞳を再読して数日後、新幹線のぞみで岡山駅、特急マリンライナーで香川県の高松駅、フェリーで小豆島の土庄港(とのしょう)、そしてレンタカーを運転しながら物語の舞台となった小豆島町の岬と分教場を見てきました。
 岬の分教場は、昭和46年まで本当にあった学校で、建物はもう106年ぐらい建っています。昭和46年といえば、わたしが中学1年生になった年です。この分教場の先に映画の撮影場所となった映画村があり、そこには映画のセットとしてつくられた分教場やおとこせんせいの家がありました。

























 閉校時のままに残してあり、こどもさんが描いた絵はもう色あせてしまっています。教室に残されている品物からはなつかしさが湧き出してきます。黒板の上の年表とか、柱にかけられた温度計、大きなサイズの木製三角定規やコンパス、自分の小学生時代の再現です。













 物語の中で、小学校1年生のこどもたちが歩いた道をレンタカーでゆっくりと往復しました。右へ左へと続くカーブが多い道です。海を越えた直線上に大石先生の家があるのですが、道は大きく曲線を描いてまわりこんでいます。距離8キロは7歳ぐらいのこどもにとっては遠かったでしょう。昭和3年のことであり、舗装もされていなかったでしょう。もう80年ぐらい前の物語です。
 次の写真はわかりにくいのですが、宿泊したホテルの窓から見えた岬沿いの道路になります。





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