2024年08月07日

リカバリー・カバヒコ 青山美智子

リカバリー・カバヒコ 青山美智子 光文社

 味わい深い文章を書かれる作家さんです。
 電子書籍の週刊誌で紹介されていたので取り寄せてみました。

 こどもさんが乗って遊ぶ公園にあるカバを手でなでると、なでたその部分が治るというパターンは、長野善光寺にある、『びんずるさん』に似ています。本堂内に置いてあるお釈迦様(おしゃかさま)のお弟子さんの木像です。
 わたしたち夫婦がお参りして、びんずるさんをなでなでしたしばらくあとに、その木像が盗まれるという事件がありました。びっくりしました。
 びんずるさんは、その後、発見されて善光寺に戻りました。まず、おどろいたのは、木像を持ち上げて持って行ける状態にあったということでした。盗むための対象物という発想はありませんでした。あわせて、仏像がそこにただ置いてあったということでした。盗まれないように(ぬすまれないように)何かで固定されていたわけではありませんでした。

 こちらの物語では、児童公園にあるカバの遊具をなでると、その体の部分が良くなるというものです。
 人間にはだれしも、『願い』があります。
 先日読んだ児童文学、『希望のひとしずく キース・カラブレーゼ作 代田亜希子・訳(だいた・あきこ) 理論社』では、公園の古井戸にコインを投げ入れて願いを言うのですが、井戸の底には、三人の中学一年生、男子ふたり、女子ひとりがいて、願いごとをした人の願いをかなえようと頑張るのです。(洞窟と古井戸の底がつながっている)

 登場人物を変えながら、第1話から第5話まであるようです。
 第1話を読み終えた時点で、今年読んで良かった一冊になりました。

『第1話 奏斗の頭(かなとのあたま)』
奏斗(かなと):高校一年生。中学までは、いなかの中学校で学力優秀者だった。都内に近い分譲マンションに引っ越して、都内の優秀な進学高に入学したら、今までは良かったテストの点数が、がた落ちになってショックを受けている。高校で友だちはいない。42人中35位の成績です。
 新築マンション、『アドヴァンス・ヒル』に住んでいる。両親がいる。父親は奏斗に関心をもっていないようすです。『父さんはいつも優しい。でも褒めてくれる(ほめてくれる)ことはほとんどない』
 『どうして僕は、バカになっちゃたんだ……?』

 奏斗は自分を、『バカ』ではないと信じたいが、学力が高い学校では、成績順位はうしろのほうになっている。自信を打ち砕かれた状態です。
 児童公園にあるのりものである『カバヒコ』の後頭部に油性マジックで落書きされた『バカ』という文字が奏斗自身に重ねた物語になっています。

 奏斗は、返ってきたテストの点数、『61点』を『89点』に偽造します。母親は気づけません。先日同じようなシーンが、NHK朝ドラ、『虎に翼』であったことを思い出しました。

 奏斗が住む場所の近所にあるものとして、『サンライズ・クリーニング』、『団地』、『日の出公園』、『カバの遊具(アニマルライド。のちに、「リカバリー・カバヒコ」と呼ばれていることがわかる)』。リカバリー:修復。

雫田美冬(しずくだ・みふゆ):奏斗のクラスメート女子。団地住まい。6号棟に住んでいる。6人の兄弟姉妹。家族が多いので自分の部屋もないけれど、勉強でがんばっている。いい子です。高校の学費を稼ぐためにバイトをしている。奏斗が彼女に恋をします。

矢代先生:ふたりの担任の先生。地理担当。

 『でも順位なんてさ、いつだって、狭い世界でのことだよ』(そのとおりです)
 『(バカという落書きの処理をめぐって)消すのと、隠すのは違うのだ。(『バカ(という落書きを)』塗りつぶすことをめぐって)』
 
 マンション、『アドヴァンス・ヒル』の住人として5歳ぐらいの女の子とその母親:たぶん、このあとの話で主人公として出てくるのでしょう。

 アレック先生:奏斗が以前住んでいたところで英語を教えてくれた英会話スクールの先生。

 テストの点数のことが書いてあります。
 点数で人間の価値が決まるわけではありません。そういうことを重視する人もいますが、全体からみれば少数派です。
 まずは、60点でいい。そして、なにかひとつ高得点なものがあるとなおいい。
 人生で大事なことは、『心身の健康』です。
 わたしは長いこと生きてきて、学力優秀、仕事の業績優秀でも、人生の途中で重い病気にかかって亡くなった人を何人か見ました。志半ばで(こころざしなかばで)人生を終える人はいます。
 自分はだいじょうぶなんていうことはありません。わたしも複数回、病気や事故で死にそうになったことがあります。まずは、生きていてこそです。

 教室内で、教師から成績優秀者の点数の披露があるのですが、思い出したことがあります。
 わたしが中学だった1965年代(昭和40年代)のとき、中間テストや期末テストの結果を、点数順に廊下に張り出してありました。かなりの人数分で実名が書いてありました。40人以上は書いてあった記憶です。今だと大問題になるのでしょうが、当時はあたりまえのことで、だれも文句を言う人はいませんでした。

 『誰かに勝ちたかったんじゃなくて、私が、がんばりたかったんだ』

 庇:屋根のひさし

 セリフの趣旨として、『褒められたくて(ほめられたくて)がんばると、褒められなかったときにくじけちゃう』

『第2話 沙羽の口(さわの口)』
 幼稚園のママ友づきあいに悩む主人公の女性です。 

樋村砂羽(ひむら・さわ)35歳:ひばり幼稚園年長組の娘みずほ5歳か6歳がいる。夫が佳孝(よしたか)。時期は9月。田舎にある2LDKの賃貸マンションから都心に近い5階建て分譲マンション『アドヴァンス・ヒル』の2階3LDKを夫の意向で購入して4月に転居してきた。

前島文江35歳:樋村砂羽のママ友のひとり。

行村果保(ゆきむら・かほ)37歳:同じく、ママ友のひとり。

西本明美40代なかば:ボス的存在で問題あり。えこひいき。いじめの源(みなもと)となる人物。娘は、杏梨(あんり)と小学6年生の男児。薄笑いをする。

絹川:こどもは、友樹。マイペース。周囲の人間と群れない。自分をもっている。細身でしゅっとしていて無口。

雫田(しずくだ):アサヒストアの店員。感じがいい。第一話で出て来た雫田美冬の母親。50歳ぐらい。

 読んでいると気持ちが沈んでいきます。
 不本意なのに、つきあいで、グループに巻き込まれていく幼稚園ママさんです。
 なんというか、道ばたで、女の人が数人集まって話をしている姿を見かけると、ああ、まただれかの悪口を言っているんだろうなあと思います。人の悪口か、役所の悪口か、そんなことが話題だろうと思います。

 主人公は専業主婦で無職です。
 分譲マンションを買う時に、『夫に買ってもらってよかったね』と人から声をかけられて、違和感をもちました。

 主人公は、もともとは働いていた。
 アイネ(全国チェーンのファッションビル)に入っているショップの店員をしていた。それなりにやりがいがあった。誇りもあった。
 出産後も働いていたが、あかちゃんの子育てに振り回されて、義母から子育てにおいて、子どもが幼いうちは、母親はそばにいるべきだみたいに言われて仕事を辞めた。以降働き出すチャンスを逸した。(いっした)。
 
 読んでいて思うのは、主人公は、イヤなものはイヤとはっきり言ったほうがいい。
 やめてくださいと言ったほうがいい。
 正直な気持ちを言葉にしていけばいい。
 ママ友どうしのつきあいのつらさが書いてあります。

 意思表示をしない人はずるい人です。
 被害者のような顔をした加害者です。

 以前、建築家の人が書いた本に、チームを組むときは必ず外国人スタッフを入れると書いてありました。日本人だけだと、必ずいじめが始まるそうです。

 救いがある本です。文章に救いがあります。

 リカバリー・カバヒコには、華(はな)がない。

 主人公女性は、働き始めました。
 働いた方がいい。
 子育ては、10年ぐらいでひと段落します。

マレー:ショッピングセンターだろうか。サマンサというファーストフード店がある。

 ひばり幼稚園で11月にバザーがあり、父兄に役割分担がある。

『第3話 ちはるの耳』
 失恋とかメンタルの休職みたいな話です。

新沢ちはる(にいざわ・ちはる):26歳。3年間、ブライダルプロデュース会社でウェディングプランナーとして働いていたが、いろいろ人間関係で悩んでいる。
 耳が聞こえにくくなって(ストレス、過労が原因。『耳管開放症(じかんかいほうしょう)』)今は休職し始めて2週間がたっている。両親と同居の3人家族、父は私立高校教師、母は公立中学校の教師をしている。
 4月に、『アドヴァンス・ヒル』に引っ越してきた。3階に住んでいる。下の部屋が、第二話の樋村砂羽(ひむら・さわ)が住んでいる。

澄恵(すみえ):会社で新沢ちはるの後輩。新沢より1歳年下の25歳。

島谷洋治(しまたに・ようじ):新沢ちはるの同期社員。新沢ちはるは、島谷と結婚したかったが、同期の島谷と後輩の澄恵が恋人同士になってしまった。

稲代(いなしろ):新沢ちはるの顧客。男性。55歳だが初婚。妻となるのは40歳の優菜で再婚者。稲代は、結婚式のやり方で、なにかと新沢ちはるに口やかましい。

 『(恋愛・結婚の相手が)どうして私じゃないの?』
 こちらが相手を好きでも、相手がこちらを好きでなければ、あきらめるしかありません。
 人は、好きだからといって結婚するけれど、しばらくすると、こんなはずじゃなかったということはあります。だから新沢ちはるさんは、失意をもつ必要はありません。

『第4話 勇哉の足』
 4年3組の勇哉が、ウソをつくのです。
 11月にある駅伝大会出場者を決めるためのくじ引きのときに、けがもしていないのに、右足首に湿布をはって登校し、自分は右足をひねって、足首をねんざしているから走ることはできませんと先生に申告してくじ引きをパスできたのですが、足をけがしているふりをして足をひきずって歩いていたら、本当に足が痛くなってしまったのです。だけど、病院で検査をしても足首に異常はみつかりません。心の持ち方に問題があって、心と体の協調が壊れてしまったのです。

 勇哉の家のこと:父親が栃木県から東京本社勤務になったことをきっかけとして、分譲マンション、『アドヴァンス・ヒル』を購入して引っ越してきた。家族は4階に住んでいる。
 
高杉、森村:クラスメート。ふたりとも足が速い。駅伝大会には、クラスで3人出場する。残りひとりがくじ引きになった。

スグル:くじ引きで駅伝の選手に選ばれた。足が遅いが、本人は駅伝大会に出ることを気にしていない。むしろ楽しみにしている。まじめに練習に取り組んでいるけれど、走りは遅い。

牧村先生:二十代なかばの女性。

伊勢崎:整体師。勇哉のウソを見破りますが、心優しい対応をされます。物静か。黒いTシャツと黒いトレパン姿。長い髪の毛を後ろでひとつにまとめている。

 クリーニング店のおばあさんの声かけがいい。勇哉が10歳と聞いて、自分は80歳だ。生まれてからまだ10年なら、自分にとっては、きのうのようなものだと笑います。

 整体師伊勢崎さんのアドバイスがいい。『足から意識を飛ばす(足を意識しない)』、『(今ある)目の前のことだけを考える(集中する)』
 
 168ページにあるスグルの言葉は、すぐに仕事を辞めてしまう今の若い人に送りたい。
 『(自分は足が遅いけれど、クジが当たって選手に選ばれて)駅伝、やったことないからさ、おれに番が回ってきたから、まずはやってみるっていう、それだけ。もしかしたら楽しいかもしれないし……』

 ウソをついたという罪悪感があるから、異常のない右足首が痛む状態になっている。

 ふだんの生活の中で、今、目の前にあることを考える。
 そうすることによって、意識が変わっていく。
 舞台劇になるといいなと思わせてくれる短編でした。
 
 ぼくらはまだ生まれてから十年しか経っていない(たっていない)。
 これからです。

『第5話 和彦の目』
 中年サラリーマンの悩み事です。世代交代時期を迎えて、仕事のやり方を変えることに抵抗感が強い。悶々としておられます。(もんもんと:悩んで苦しみあり)

溝端和彦(みぞばた・かずひこ):51歳。都内にある出版社栄星社勤務で働いて30年が経つ。編集長。アドヴァンス・ヒルの5階に住んでいる。妻が美弥子(みやこ)47歳。ペットの猫が、チャオという名前です。保護猫だそうです。

高岡:栄星社の社員。編集部員。30歳。新しい企画を通したいが、溝端が壁になっている。

砂川清:漫画家。『ブラック・マンホール』というマンガの作者

 溝端和彦の言葉にあるとおり、48歳ぐらいから体のあちこちが壊れ始めます。そして、壊れた部分はもとには戻りません。老眼あたりから始まります。今まで見えていたものが、見えにくくなります。
 老化は必ずだれにでも起こります。若い頃にはそのことに気づけません。
 物忘れをするようになり、歯周病で歯ぐきから複数の歯が抜けそうな感覚が始まります。それとなく、耳も聞こえづらくなります。

サンライズ・クリーニング:溝端和彦の実家。母親がひとり暮らしをしながらクリーニング店を営んでいる。母親と息子の折り合いは良くはない。息子は、結婚式は挙げていない。入籍だけ。

 溝端和彦は知らないけれど、溝端和彦の奥さんは、いい奥さんです。

 作者が、のりうつっているように、溝端和彦として語ります。
 
 老いた親の介護はつらい。
 一番つらいのは、自分の時間を介護で奪われることです。したいことができなくなります。がまんにも限界があります。

 溝端和彦は、日の出公園で、第4話の立原勇哉に出会います。
 リカバリー・カバヒコの話になります。
 小学4年生の立原勇哉からサンライズ・クリーニングの店主の話が出ます。溝端和彦の実母の話です。

ベクトル:考え方の方向

 仕事は、お金のためだけにするんじゃない。
 仕事には、人と人を紡ぐものがある。(つむぐ:会ったり、話したりすることで人生が豊かになっていく)
 (偶然ですが、このあと読んだ、『きみのお金はだれのため 田内学 東洋経済新報社』にも同様のことが書かれていました)

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