2017年12月10日

さよなら、田中さん 鈴木るりか

さよなら、田中さん 鈴木るりか 小学館

 本屋大賞候補作になるらしい(本当になるかはわかりません)
 小学生が書いた短編群で、本人は現在中学2年生に成長しています。
 5本あるそれぞれの短編は関連があるのだろうか。(あとで本の帯に連作の表示があるのに気が付きました。)

 たとえば、4歳児がひらがなを書けるようになったからといって、それはできるようになる時期の早い遅いだけのことで、6年生になればできるようになる。小中学生が小説を書けることにあまり意味はない気がする。
文章は小中学生が書いたとは思えないほど大人びています。1億2000万人のなかの非凡な人なのでしょう。

「いつかどこかで」
 片親母子家庭、もしかしたら死別ではなく離別、あるいは、最初からシングルマザーで父親の名前はママしか知らないのかもしれない。
 ママはまるで、おっさんキャラで、女性とは思えない。(ただし痩身そうしん、やせている)だけど建設現場で土方仕事をしている。
 短編の内容は、大人の勝手が、子ども視線で書いてありました。
 ドリーミングランドとは、ディズニーランドのことでしょう。荒川遊々ランドはこないだテレビで見たような気がしますが気のせいかもしれません。(荒川遊園のことなのか)
主人公:花ちゃん。父は不明。死んだらしい。北町小学校6年生、田中花実
田中花実の設定はこの本の絵を描いてらっしゃる西原理恵子さんの子供時代に似ている。(内容や書き方も他の短編も含めて西原方式に似ている。)
友だち:栗山美希、私立中学校志望、もうひとり出てくる水谷真理絵も私立中学志望
級友:中野千早小4の父は交通事故死した。
担任:木戸先生。尺取虫みたいな姿で気持ち悪いらしい。
新任若い女先生:高岡先生

印象的だったのは「ふたりぼっちの家族(花ちゃんとママ)」
そういう家族は現実にいます。
田中家は、「富裕層ではない」

早川優香:離婚後母再婚、本人は連れ子の家庭

調べた単語として、「チノパン:作業着に使われることが多い綿・ポリエステルが素材のズボン」

*タイトル「さよなら、たなかさん」はインパクト(衝撃度)がありません。書いているのが鈴木さんではあまりに平凡な表記です。
おさめられている短編からタイトルを引っ張るのなら「Dランドは遠い」のほうがいい。ディズニーランドでしょう。

食器棚の奥の骸骨という最終ページの内容はとても良かった。


「花も実もある」
 花ちゃんの母親が自称する生い立ちは暗い。地獄で生まれて、親戚に預けられて、施設に入れられてと、物語の将来の展開に向けて、秘密めいた素材がふりまかれます。変わったおかあさん、  生き抜くお母さんです。彼女の挙動には「教育」があります。生き方の教えがあります。全編読んだあとに、今年読んで良かった1冊になりました。本当に本屋大賞をとるかもしれません。話題性があります。
 母親の言葉が生きています。生きた言葉やそのほかの良かった表現として、「想像を絶する孤独」、「財産があると人が育たないというというような表現」、「体を固くして眠ったふりをする」、「再婚するのに子どもの存在が邪魔」、「身の丈に合った」、「お互いをよく知って仲良くするために会話をすべき」、「平凡な素材なのに考えと答えが深い」、「おかあさんレート」
 文章はリズムにのってきました。このあと、全体をとおしてですが、とても小中学生が書いた文章とは思えません。編集者のサポートも入っているのでしょう。
「空蝉:うつせみ。ぬけがら。姿はあるけれど生きていない」、「シュシュ:装身具。髪飾り、ブレスレット」、「夜目遠目笠の内:遠くから(女性を)見ると美しく見える」、「ソルベ:洋酒と果汁のシャーベット」、「

 文章に切れ目がない長い固まりになっています。読み手に休息できる行間がほしい。
 母親の再婚話です。花ちゃんの立場に立つとせつなくなります。
 この短編の展開はなかなかいい。
 こどもが「成長」していく勢いがあります。つまり、未来に向かって「夢」があります。(最近、高齢者向けの本ばかり読んでいたせいかもしれません。)
 最終ページでは、以前訪れたことがある長野県の花桃まつりの現場を思い出しました。(書中では山梨県内です。)


「Dランドは遠い」
 やっぱりディズニーランドでした。
 貧乏は知恵を産むという内容でした。
 この短いお話が、あとの伏線になります。


「銀杏拾い(いちょうのぎんなんひろいのこと)」
 餓死するか、(毒のある)銀杏を大量に食べて死ぬかというテーマから入ります。
 

「さよなら、田中さん」
 ときに、冷静に考えると、「児童虐待」に属する話ではないかと、これまでの短編も含めて思いつく内容でした。
 全体をとおして、小学6年生の物語でした。これまでの語り手は、花ちゃんでしたが、この編だけは、私立中学受験生の三上信也くんでした。
 かなり力が入った作品でした。そして、こわい話でした。
 ありそうで、あってはならない話で、現実にはないと思いますが、小説のなかではありです。
 「クマ歩き:よくわかりませんが、受験のときの試験項目のようです。」、「デジャヴ:フランス語。なんだか以前経験したこと、見たことがあるという感覚」

 自分は花ちゃん側の人間(子供時代、貧乏で育ってきた)なので、三上君の家族の気持ちは理解できません。
大学を出ても人間力が低い人はいます。大学に行く意味は現代社会では薄い。
企業はもう(役に立たない)大卒はいらないという方向に舵を切り替えている気がします。
また、大学を出ても今は無職では、大学に行った意味もありません。

 犬のようにご飯を食べるのが伏線でした。


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