2016年08月05日

コンビニ人間 村田紗耶香

コンビニ人間 村田紗耶香(むらた・さやか) 文藝春秋

 第155回芥川賞作品です。タイトルがおもしろさを引き出しています。コンビニをベースにして生きていく人を指すのだろうと予想します。そういう人っているだろうなあ。高齢者とか、障害者とか、単身者とか。読む興味が湧いてきました。(読み終えてみると対象者はお客さんではなく、働く側の人でした。)

(つづく)

 151ページのうちの31ページまできました。かなり面白い! 売れるでしょう。ただ、この作者さんは、これからどういう作品を書き続けていくのだろう。この路線しか方向性がないような気がします。一人称で語り続ける純文学ですが、娯楽作品のような読んでいての楽しみがあります。

 「店員」を演じる。「店員」という服を着るという発想があります。作者は、主人公女子が世界の部品(ぶひん)になると表現します。世界は、WORLDではなく、SPACE(スペース。空間)だと思うのです。
 回数のカウントがあります。18年前にコンビニが開店してからのひとつひとつの出来事や行為について、電卓でカウントすることができます。統計調査のようです。

舞台は、「スマイルマート日色町駅前店」1998年5月1日オープン。主人公古倉恵子は当時大学1年生でした。その後の就職氷河期も通して、コンビニで働き続けていて、今も現役という継続実績がすばらしい。
すごいとしか言いようがありません。コンビニで18歳から働き出して、今は36歳。未婚。ひとり暮らし。金曜日と日曜日がお休みの日。横浜に既婚の妹麻美がいる。甥の名前が悠太郎。まだ赤ちゃん
同僚として、大学生、バンドやってる男子、フリーター、主婦、夜学の高校生など。「岡本さん」、「相崎君」、「ベトナム人のダットくん」、「バイトリーダーの泉さん37歳」、「菅原さん24歳アルバイト声が大きくて明るい。バンドのボーカルをしている。短髪を赤に染めたいが思いとどまっている。ぽっちゃり。」、「8人目の店長30歳男性きびきびしている(8人とも店長を演じる一匹の生き物と恵子は言う)」、「白羽さん:この物語の準主役。身長180cm超え、針金のように細い体にはりがねでできたようなメガネをかけている。無気力野郎。35歳。コンビニで働く人間を最底辺の人間とばかにする。人間の標準化に対する反発とか反乱心をもっている」、「トゥアンくん。外国人」
学生時代からの級友として、「ミホ:既婚、中古の戸建に居住。子あり。旦那洋司が未婚の恵子を責める」、「ユカリ:子あり。育児休業中」、「サツキ:既婚。子なし」、「シホ、ミキ、エリ、マミコ:未婚」

主人公が、死んだ小鳥を食べようとする小学校低学年時期があるのですが、思い出しました。わたしが、小学校1年生の頃、集落のがきたち(小学生の集団1年生から6年生)は、山にわなを仕掛けて、野鳥をとらえて焼き鳥にして食べていました。戦後、食糧難の時代に育った親たち以上の世代に教わりました。当時であれば、奇妙な発想ではありません。
子ども同士のけんかを止めてと頼まれて、スコップで当事者のふたりを殴りつけたり、泣く赤ちゃんを泣き止ませるのなら、ナイフで赤ちゃんを刺したりという発想をするこの主人公女性の心理は怖い。こういう人が殺人行為をするのだろうか。

主人公は、アスペルガー症候群とか、適応障害とか、そういった心とか精神に特徴がある症状をもっているのではなかろうか。
実際、若い人で、接客(窓口・電話)は上手にできるのに、周囲の人間との日常会話ができない人は複数います。業務外は孤独で、ひとりで、ぽつりとお昼のお弁当を壁に向かって食べていたりもします。人づきあいは無理なのです。
本作品の主人公古倉恵子の性格・素行を形成しているのは、3割がバイトリーダーの泉さん(かれらの物まねをする)、3割がバンドのボーカル菅原さん、残りが辞めた佐々木さん、1年前までリーダーだった岡崎君となっています。「自分」という「個性」が古倉恵子さんにはありません。しゃべり方を「トレース」するとあります。なぞる。写すのです。古倉さんには、怒りという感情もほとんどありません。ロボットかサイボークです。
書中に出てくる嫁としての売れ残り話は物悲しい。売れ残りは異物とあります。
全体をとおして、社会の標準化の流れにのれない「異物」をどうするかの話です。

 コンビニという空間を宗教に支配された空間のように登場人物が表すシーンがあります。コンビニに限らず、会社とか組織も同様です。そのなかだけで通じるルールがあります。それは世間から解離していることもあります。雇用契約とか、会社規約とか、それは社会生活でも同様で、法治国家ですから法令のもとに秩序が保たれています。
 コンビニでは、異物(トラブルを起こす店員や客)はすぐに排除される。修復という言葉もある。
 使える道具か否という問いもあります。使えなければ処分するという発想も出てくるでしょう。されど、世の中はそのようにできていません。使えなくても使っていくことを考えねばなりません。消去することはできないのです。共存していくしか選択枝はないのです。白羽さんは誤解しています。少数派が否定されることはありません。希望をもちましょう。

 86ページ付近、こういう展開になることはうすうす予想できて、そのとおりになるのですが、おもしろい。

用語の意味などです。「コンビニエンスストア:小規模小売店。便利なお店」、「茶髪を纏め:ちゃぱつをまとめ(漢字を読めませんでした)」、「バックレ:無断でアルバイト・会社を辞めること」、「(子が欲しくて)子宮が共鳴しあう」、「憚られて:はばかられて。漢字を読めませんでした」、「アセクシャル:同性愛?無性愛者。恋愛感情がない。性欲がない。」、「フェイスアップ:コンビニ用語で、棚の前面にある商品の顔を整える作業」、「ヘコ缶:へこんで売り物にならない商品」、「揺蕩:たゆた。ゆらゆらと揺れ動いて定まらない」、「弄ぶ:スマホをもてあそぶ。漢字を読めませんでした」、「縋る:すがる」

印象に残った表現・文節などです。「早くコンビニに行きたいな」、「優秀な店員ではないが、無遅刻無欠勤の部品ではある」、「社会不適合者二人」、「(新人として)ミヤンマー人の女の子」、「人間ではなくコンビニ店員という動物」、「ムラの掟に反する行為」、「人間ではなく生き物」、「食事ではなく餌」

 書中に「専業主夫」に関する記述が出てくるのですが、この本を読む前に読んだ本が「主夫のトモロー」だったので、よくもわるくもなく流れにのっていると感じました。

 主人公女性の耳の中で、コンビニが鳴り続ける。コンビニの音が身体から消えたとき、自分という存在がこの世から消滅した。生き続けるためには、コンビニの音を聴き続けなければならない。マニュアルに従わないと生活習慣を維持できない。音に始まり音に終わる展開でした。
 たぶん伏線だと思うのですが、前半に登場していた不審な男性来客者とコンビニを退職後の主人公のコンビニでの行為が似ていて、読んでいて、気持ちがよくなりました。推理小説の謎解きで謎が解けたような快感がありました。

 冒頭付近にあったセキセイインコらしき鳥を食べるところから、人間の本能に迫っていって、過去の時代には許されていた行為が、現在は許されていないという事柄を列挙するともっとユーモア度が増したと思います。
 最後のページを読み終えて、すごい! 狂っているけれど、すばらしい! ハッピーエンドとは違う感動につつまれました。出版社と読者は、新しい才能に飢えています。

(2日後)
 気に入った部分です。食事は、野菜をゆでて、熱をとおしたものでいい。味はなくていい。たまに塩味がほしいときは、しょうゆをかける。
 飲み物に味も色もいらない。白湯(さゆ)でいい。
 人間の本来の姿ととらえるか、野生動物と変わらないととらえるのかがむずかしいのですが、寿命という年齢の横線にとどまる位置によって判断が変わる気がします。

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