2024年09月15日
東野・岡村の旅猿25 山形から新潟へ オオクワガタ探し
東野・岡村の旅猿25 プラベートでごめんなさい 第20話 2024年8月~9月
山形から新潟へ オオクワガタ…… ゲスト 寺門ジモン 動画配信サービス Hulu(フールー)とか、TVer(ティーバー)とか。
7月7日たなばた(七夕)の日が、ロケの開始日だそうです。
7年ぶりの同様の企画だそうです。7年前の映像をわたしは覚えています。大きな投光器を使って、虫を呼び寄せましたが、小物ばかりで、けしてオオクワガタ確保に成功したわけでもなかった覚えです。あとは、寺門ジモンさんお勧めで、肉料理を食べたことの記憶があります。
記録が残っていました。
『東野・岡村の旅猿 新潟から福島へオオクワガタ捕りの旅DVD 2017年 平成29年8月』
ゲストはダチョウ俱楽部の寺門ジモンさんです。明るく元気です。クワガタ虫が大好きなのがよく伝わってきました。
雨のロケが多い旅猿です。夜、雨天の中、強い照明を点灯して虫が集まってくるのを濡れながら待ちます。たくさんのクワガタが寄ってきました。雨天でなければもっと成果があったでしょう。ただ、なにもかも順調にいくのは旅猿らしくありません。いつものように仕込み(やらせ)を嫌う東野さんです。そこがこの番組の魅力です。
本当に甲虫が集まって来るのか半信半疑で観ていました。雨に濡れながらおにぎりを食べつつ甲虫が飛んでくるのを待つ。過酷です。
クワガタが地面に落ちたあと、再び飛び立たないことが不思議でした。
47歳岡村さんのハッピバースデーケーキのお祝いが良かった。
ダム湖の風景、山菜のお料理など、メンバーは田舎を満喫できました。
さて今回のロケです。
寺門ジモンさんはたいへんお元気です。イスラエルの護身術の話が出ます。
舗装された道路上で、1対1の対決です。靴下を脱がせたほうが勝ちです。
まあ、騒がしいお人です。
おいしそうな米沢牛が出てきました。15,000円のお肉がおいしそうでした。
どんぶりごはんの上にもったたくさんのお肉です。丼(どんぶり)のお値段は、3000円ぐらいでした。高級なお肉料理にしては、お手頃価格でおいしそうです。
なんというか、高くても、一生に一度という気持ちで食べることで、体中に幸福感が広がり、これまで生きてきて良かったなと思えそうなお肉料理です。さらにまたこれからも、おいしいものを食べるためにしっかり働こうと思うことはあります。
1個150円の肉団子が、お安くて、とてもよかった。当然、おいしいです。(このあと、夜の昆虫採集時に夜食で食べました)
同じ太田プロに所属する有吉弘行さんが、寺門ジモンさんのことを、『短足天狗(たんそくてんぐ)』と呼ぶそうです。(なるほど)
寺門ジモンさんは、まあ、勝手な人です。寺門ジモンさんは、東野幸治さんが、朝食を食べてロケに入ったことを責めますが、あとで、ご自身はしっかり朝ご飯を食べたことを告白されます。人には、食ってはいかん(くってはいかん)、自分はいいというふうなのです。
『一番強いジモンは9月』というキャッチフレーズがおもしろかった。
(次週の放送へ続く)
第2週の放送です。
3人でワイワイやりながら、クワガタ虫を捕まえるための準備です。
3人とも少年の心もちです。寺門ジモンさんは、こどもみたいです。
暗くなって、山の中に入って、まぶしいぐらいの照明を点灯して、虫たちが集まってくるのを待ちます。アカアシクワガタをさっそく捕まえました。
まあ、やかましいぐらいしゃべる寺門ジモンさんでした。
寺門ジモンさんは重装備の服装なのに、東野さんと岡村さんは、長袖とはいえ、軽装備です。ずいぶん違います。
次週でもう放送最終回だそうです。
(次週へ続く)
あっけなく終わりました。オオクワガタのオスを捕まえることはできませんでしたが、オオクワガタのメスとミヤマクワガタのメスを3匹ぐらい、コクワガタのメスなどを捕まえて、リリース(山に返す)しました。オオクワガタのオスを捕まえるにはいい時期だったそうですが、運に恵まれなかったようです。
(わたしなんぞは、徹夜してでもオオクワガタのオスを待つ(目的を達成するまで粘る・がんばる)心もちなのですが、番組では、夜9時半ぐらいで捕獲をあきらめました。よく考えてみれば、むしろ、明け方近くのほうが、おなかをすかせた虫たちがたくさん集まってくるような気がしました)
昆虫採集のロケでは、東野幸治さんのズボンの股間あたりに、食べていた肉団子のタレが落ちて、そのタレをめあてに、ミヤマクワガタのメスたちが集まって来ていて笑いました。
昆虫狩りが終わって、みんなで、笹だんごを食べました。
あんこがとても熱いらしく、三人ともフーフーいいながら食べていました。
次回はいつにするかで盛り上がっていました。東野・岡村コンビは、また7年後でいいみたいな言い方で、寺門ジモンさんは、来年呼べみたいに叫んでいました。
山形から新潟へ オオクワガタ…… ゲスト 寺門ジモン 動画配信サービス Hulu(フールー)とか、TVer(ティーバー)とか。
7月7日たなばた(七夕)の日が、ロケの開始日だそうです。
7年ぶりの同様の企画だそうです。7年前の映像をわたしは覚えています。大きな投光器を使って、虫を呼び寄せましたが、小物ばかりで、けしてオオクワガタ確保に成功したわけでもなかった覚えです。あとは、寺門ジモンさんお勧めで、肉料理を食べたことの記憶があります。
記録が残っていました。
『東野・岡村の旅猿 新潟から福島へオオクワガタ捕りの旅DVD 2017年 平成29年8月』
ゲストはダチョウ俱楽部の寺門ジモンさんです。明るく元気です。クワガタ虫が大好きなのがよく伝わってきました。
雨のロケが多い旅猿です。夜、雨天の中、強い照明を点灯して虫が集まってくるのを濡れながら待ちます。たくさんのクワガタが寄ってきました。雨天でなければもっと成果があったでしょう。ただ、なにもかも順調にいくのは旅猿らしくありません。いつものように仕込み(やらせ)を嫌う東野さんです。そこがこの番組の魅力です。
本当に甲虫が集まって来るのか半信半疑で観ていました。雨に濡れながらおにぎりを食べつつ甲虫が飛んでくるのを待つ。過酷です。
クワガタが地面に落ちたあと、再び飛び立たないことが不思議でした。
47歳岡村さんのハッピバースデーケーキのお祝いが良かった。
ダム湖の風景、山菜のお料理など、メンバーは田舎を満喫できました。
さて今回のロケです。
寺門ジモンさんはたいへんお元気です。イスラエルの護身術の話が出ます。
舗装された道路上で、1対1の対決です。靴下を脱がせたほうが勝ちです。
まあ、騒がしいお人です。
おいしそうな米沢牛が出てきました。15,000円のお肉がおいしそうでした。
どんぶりごはんの上にもったたくさんのお肉です。丼(どんぶり)のお値段は、3000円ぐらいでした。高級なお肉料理にしては、お手頃価格でおいしそうです。
なんというか、高くても、一生に一度という気持ちで食べることで、体中に幸福感が広がり、これまで生きてきて良かったなと思えそうなお肉料理です。さらにまたこれからも、おいしいものを食べるためにしっかり働こうと思うことはあります。
1個150円の肉団子が、お安くて、とてもよかった。当然、おいしいです。(このあと、夜の昆虫採集時に夜食で食べました)
同じ太田プロに所属する有吉弘行さんが、寺門ジモンさんのことを、『短足天狗(たんそくてんぐ)』と呼ぶそうです。(なるほど)
寺門ジモンさんは、まあ、勝手な人です。寺門ジモンさんは、東野幸治さんが、朝食を食べてロケに入ったことを責めますが、あとで、ご自身はしっかり朝ご飯を食べたことを告白されます。人には、食ってはいかん(くってはいかん)、自分はいいというふうなのです。
『一番強いジモンは9月』というキャッチフレーズがおもしろかった。
(次週の放送へ続く)
第2週の放送です。
3人でワイワイやりながら、クワガタ虫を捕まえるための準備です。
3人とも少年の心もちです。寺門ジモンさんは、こどもみたいです。
暗くなって、山の中に入って、まぶしいぐらいの照明を点灯して、虫たちが集まってくるのを待ちます。アカアシクワガタをさっそく捕まえました。
まあ、やかましいぐらいしゃべる寺門ジモンさんでした。
寺門ジモンさんは重装備の服装なのに、東野さんと岡村さんは、長袖とはいえ、軽装備です。ずいぶん違います。
次週でもう放送最終回だそうです。
(次週へ続く)
あっけなく終わりました。オオクワガタのオスを捕まえることはできませんでしたが、オオクワガタのメスとミヤマクワガタのメスを3匹ぐらい、コクワガタのメスなどを捕まえて、リリース(山に返す)しました。オオクワガタのオスを捕まえるにはいい時期だったそうですが、運に恵まれなかったようです。
(わたしなんぞは、徹夜してでもオオクワガタのオスを待つ(目的を達成するまで粘る・がんばる)心もちなのですが、番組では、夜9時半ぐらいで捕獲をあきらめました。よく考えてみれば、むしろ、明け方近くのほうが、おなかをすかせた虫たちがたくさん集まってくるような気がしました)
昆虫採集のロケでは、東野幸治さんのズボンの股間あたりに、食べていた肉団子のタレが落ちて、そのタレをめあてに、ミヤマクワガタのメスたちが集まって来ていて笑いました。
昆虫狩りが終わって、みんなで、笹だんごを食べました。
あんこがとても熱いらしく、三人ともフーフーいいながら食べていました。
次回はいつにするかで盛り上がっていました。東野・岡村コンビは、また7年後でいいみたいな言い方で、寺門ジモンさんは、来年呼べみたいに叫んでいました。
2024年09月14日
団地のふたり NHKBSドラマ
団地のふたり NHKBSドラマ 第1回と第2回放送の感想です。日曜日午後10時放送中です。
桜井奈津子:小林聡美(こばやし・さとみ)。イラストレーター。結婚歴なし。
太田野枝(おおた・のえ):小泉今日子。大学の非常勤講師。33歳のときに離婚して、団地の実家へ出戻りだそうです。こどもさんはいません。
太田厚志:杉本哲太。太田野枝(おおた・のえ)の兄。自営の塗装会社社長。
太田昌夫:橋爪功。太田野枝(おおた・のえ)と哲太の父親。
太田節子:太田野枝(おおた・のえ)の母親。主婦。
佐久間絢子:由紀さおり。団地の住人。
『第1回放送』
平和です。
ここに、『競争社会』はありません。
小泉今日子さんと小林聡美さんのふたり劇を中心に進みます。
おだやかに時間が流れていきます。
おふたりは、団地といっしょに歳をとったのです。ふたりとも55歳と聞こえました。(劇中の設定です)
団地に入居するときは、40倍の競争だった。
今では、住んでいるのは年寄りばかりになった。空き家も目立つのでしょう。
(ストーリーの起伏はどうやってつけていくのだろうか?)
コンビニで発送手続きをしています。
古いグッズ(品物)を欲しい人に売るのです。
あいにくわたしは、メルカリ方式を知らないので想像するだけです。フリマというのでしょう。(フリーマーケット)。
一戸建てに住みたかったらしき団地暮らしの太田野枝(おおた・のえ)の老いた両親です。(橋爪功・丘みつ子夫妻)。
由紀さおりさんがおもしろい。役に(やくに)ぴったりの演技です。
『そらちゃん』というふたりに共通の保育園でいっしょだった人がいるそうです。(あとあと出てくるのでしょう)
なつかしい昔のものが映像にたくさん出てきます。
歌も歌手もなつかしい人たちです。
半世紀前のふりかえりドラマです。
観ている自分も同じ時代に生きてきたという実感があります。
離婚した太田野枝(おおた・のえ)の結婚した時の話が両親から出ます。『(娘の結婚は)一瞬のはかない夢だった』、あわせて、父親が出戻りの娘を、『団地の座敷わらし』と陰で言うそうな。
団地ネタがいっぱいありそうです。
最後のシーンが良かった。
おいしいものを食べる。
おいしいものを食べると、いままで生きてきて良かったと思うことがたしかにあります。
『第2回放送』
おいしい食べ物が出てくるドラマです。
女性向けのドラマです。
平和です。
なかなかいい雰囲気があります。
団地内でのボランティアみたいな網戸の張替え、個性的な住民さんたち、どこにでもいそうな音に関するクレーマー(今回は猫の鳴き声)、児童虐待と誤解した父子家庭の小学生女児の存在、いろいろあります。
昔は団地にはこどもたちがたくさん遊ぶ姿があったけれど、今はこどもの数が減ったという思い出話も出ます。
G(ジー。ゴキブリ)との戦いもあります。
ノラ猫、捨て猫の話です。最近の猫は、煮干しは食べないと思います。キャットフードでしょう。(たぶん)。猫の舌も肥えました(こえました。美食家。おいしいものしか食べない)
クレーマー(しつこく文句を言ってくる人)のようすが、上手に表現してあって感心しました。
クレーマー自身の声ではなく(俳優はベンガルさん)、小林聡美さんの声で混乱ぶりを表現します。
(若い頃映画館で、小林聡美さんと尾身とりのりさんの『転校生 大林宣彦(おおばやし・のぶひこ)監督 舞台は広島県尾道市』を観ました。ふたりが神社の長い階段で転げ落ちて(ころげおちて)、男女の心が入れ替わる映画でした。小林聡美さんはまだ17歳ぐらいだったと思います。なつかしい。わたしはまだ結婚する前に、駅前の映画館で妻と観ました。その後、長い時が流れて、家族で愛知県内の自宅から広島県尾道市まで自家用車で交代ばんこに運転しながら行き、同地で宿泊しました。夕食は、街中華で、尾道ラーメンを食べました)
シーンを観ていて、いろいろ笑えます。
父子家庭育ちの小学校4年生ぐらいの女の子のセリフが良かった。父親は奥さんに逃げられたそうです。
『パパはどうしていつも、しかたないって言うの?』
やはり、前回の放送で出てきた、『そらちゃん』の話が出ます。
ふたりが保育園のころから仲良しだったそらちゃんは、小学校低学年のときに小児がんで亡くなったそうです。そのシーンを見ていて、わたしが中学1年生のときにじんぞう病で亡くなった同級生のS君を思い出しました。クラスの数人と中学校のそばにあった病院の病室へお見舞いに行ったことがあります。長く生きていると、心がしみじみとする出来事に何度かぶつかります。
思い出した一冊があります。世の中には、病気によって、こどものままで人生を終える命があります。
『電池が切れるまで 宮本雅史 角川つばさ文庫』
こどもさん向けの本で、命の大切さとか、人と人との交流の大事さとか、強く生きることの教訓とかをとおして、優しい人になりましょうというメッセージが記されています。
冷静に本を読みこむと、ひとつの判断を迫られます。こどもの命が、治療しても助からないとわかっているときに、親や医療関係者はこどもにどうしてあげたらいいのか。痛みを我慢させながら、治ることのない治療行為を亡くなるときまで続けていくのか。
どうやっても治らない病気なら、病室の外で思い切り楽しい思いをさせてあげてお別れしたい。体中を切り刻むような痛みを味あわせることはやめたい。それは、親としての気持ちです。そして、自分が死んだら、天国でまたこどもに会えると信じたい。
(付け足し(つけたし)の事柄として)
こちらのドラマの原作小説の作家は、藤野千夜さん(ふじのちやさん)という方でした。
調べたら、わたしは、藤野千夜さんの作品で、別の小説を読んだことがありました。
『じい散歩 藤野千夜(ふじの・ちや) 双葉社』
ふたり合わせてもうすぐ180歳とあります。高齢者ご夫婦です。
息子は三人いるものの、昭和37年生まれの長男は高校中退、無職引きこもり(テレビ・ラジオ・クロスワードパズル解きで時間をつぶす)。
昭和39年生まれの次男はオネエで(オカマさん)、自称自分は長女(おかっぱ頭で、裏声で話す。スカートのようなズボンをはいている。胸がふくらんでいる。娘のような次男である)。
昭和41年生まれの三男は借金男で、三人とも未婚です。
父親の明石新平がつくった自営業の明石建設という会社がありましたが、息子が三人いても後継ぎはいません。まあ、これが現実かもしれません。奥さんはどうも認知症です。
読んでいると、胸にしみじみと広がってくるものがあります。落語のようでもあります。
九十歳近い夫婦にとっては、(人生においてやることが)もう終わったんだなあ。
極楽行き待ちで、あの世にいくまでのひとときを、思い出にひたる世界ですごしているのです。 もうあの人もこの人も、お先に極楽へ行かれて、極楽で待ってもらっているような状態なのです。(そんなこんなで、認知症になってしまった奥さんは、ご主人の浮気を疑うという筋立てで物語が流れていきます)。奥さんの嫉妬心が強烈です。(しっと。やきもち。うらむ。ねたむ)。奥さんが叫びながらご主人のパンツを引きずりおろします。奥さんが認知症でこわれちゃってます。
桜井奈津子:小林聡美(こばやし・さとみ)。イラストレーター。結婚歴なし。
太田野枝(おおた・のえ):小泉今日子。大学の非常勤講師。33歳のときに離婚して、団地の実家へ出戻りだそうです。こどもさんはいません。
太田厚志:杉本哲太。太田野枝(おおた・のえ)の兄。自営の塗装会社社長。
太田昌夫:橋爪功。太田野枝(おおた・のえ)と哲太の父親。
太田節子:太田野枝(おおた・のえ)の母親。主婦。
佐久間絢子:由紀さおり。団地の住人。
『第1回放送』
平和です。
ここに、『競争社会』はありません。
小泉今日子さんと小林聡美さんのふたり劇を中心に進みます。
おだやかに時間が流れていきます。
おふたりは、団地といっしょに歳をとったのです。ふたりとも55歳と聞こえました。(劇中の設定です)
団地に入居するときは、40倍の競争だった。
今では、住んでいるのは年寄りばかりになった。空き家も目立つのでしょう。
(ストーリーの起伏はどうやってつけていくのだろうか?)
コンビニで発送手続きをしています。
古いグッズ(品物)を欲しい人に売るのです。
あいにくわたしは、メルカリ方式を知らないので想像するだけです。フリマというのでしょう。(フリーマーケット)。
一戸建てに住みたかったらしき団地暮らしの太田野枝(おおた・のえ)の老いた両親です。(橋爪功・丘みつ子夫妻)。
由紀さおりさんがおもしろい。役に(やくに)ぴったりの演技です。
『そらちゃん』というふたりに共通の保育園でいっしょだった人がいるそうです。(あとあと出てくるのでしょう)
なつかしい昔のものが映像にたくさん出てきます。
歌も歌手もなつかしい人たちです。
半世紀前のふりかえりドラマです。
観ている自分も同じ時代に生きてきたという実感があります。
離婚した太田野枝(おおた・のえ)の結婚した時の話が両親から出ます。『(娘の結婚は)一瞬のはかない夢だった』、あわせて、父親が出戻りの娘を、『団地の座敷わらし』と陰で言うそうな。
団地ネタがいっぱいありそうです。
最後のシーンが良かった。
おいしいものを食べる。
おいしいものを食べると、いままで生きてきて良かったと思うことがたしかにあります。
『第2回放送』
おいしい食べ物が出てくるドラマです。
女性向けのドラマです。
平和です。
なかなかいい雰囲気があります。
団地内でのボランティアみたいな網戸の張替え、個性的な住民さんたち、どこにでもいそうな音に関するクレーマー(今回は猫の鳴き声)、児童虐待と誤解した父子家庭の小学生女児の存在、いろいろあります。
昔は団地にはこどもたちがたくさん遊ぶ姿があったけれど、今はこどもの数が減ったという思い出話も出ます。
G(ジー。ゴキブリ)との戦いもあります。
ノラ猫、捨て猫の話です。最近の猫は、煮干しは食べないと思います。キャットフードでしょう。(たぶん)。猫の舌も肥えました(こえました。美食家。おいしいものしか食べない)
クレーマー(しつこく文句を言ってくる人)のようすが、上手に表現してあって感心しました。
クレーマー自身の声ではなく(俳優はベンガルさん)、小林聡美さんの声で混乱ぶりを表現します。
(若い頃映画館で、小林聡美さんと尾身とりのりさんの『転校生 大林宣彦(おおばやし・のぶひこ)監督 舞台は広島県尾道市』を観ました。ふたりが神社の長い階段で転げ落ちて(ころげおちて)、男女の心が入れ替わる映画でした。小林聡美さんはまだ17歳ぐらいだったと思います。なつかしい。わたしはまだ結婚する前に、駅前の映画館で妻と観ました。その後、長い時が流れて、家族で愛知県内の自宅から広島県尾道市まで自家用車で交代ばんこに運転しながら行き、同地で宿泊しました。夕食は、街中華で、尾道ラーメンを食べました)
シーンを観ていて、いろいろ笑えます。
父子家庭育ちの小学校4年生ぐらいの女の子のセリフが良かった。父親は奥さんに逃げられたそうです。
『パパはどうしていつも、しかたないって言うの?』
やはり、前回の放送で出てきた、『そらちゃん』の話が出ます。
ふたりが保育園のころから仲良しだったそらちゃんは、小学校低学年のときに小児がんで亡くなったそうです。そのシーンを見ていて、わたしが中学1年生のときにじんぞう病で亡くなった同級生のS君を思い出しました。クラスの数人と中学校のそばにあった病院の病室へお見舞いに行ったことがあります。長く生きていると、心がしみじみとする出来事に何度かぶつかります。
思い出した一冊があります。世の中には、病気によって、こどものままで人生を終える命があります。
『電池が切れるまで 宮本雅史 角川つばさ文庫』
こどもさん向けの本で、命の大切さとか、人と人との交流の大事さとか、強く生きることの教訓とかをとおして、優しい人になりましょうというメッセージが記されています。
冷静に本を読みこむと、ひとつの判断を迫られます。こどもの命が、治療しても助からないとわかっているときに、親や医療関係者はこどもにどうしてあげたらいいのか。痛みを我慢させながら、治ることのない治療行為を亡くなるときまで続けていくのか。
どうやっても治らない病気なら、病室の外で思い切り楽しい思いをさせてあげてお別れしたい。体中を切り刻むような痛みを味あわせることはやめたい。それは、親としての気持ちです。そして、自分が死んだら、天国でまたこどもに会えると信じたい。
(付け足し(つけたし)の事柄として)
こちらのドラマの原作小説の作家は、藤野千夜さん(ふじのちやさん)という方でした。
調べたら、わたしは、藤野千夜さんの作品で、別の小説を読んだことがありました。
『じい散歩 藤野千夜(ふじの・ちや) 双葉社』
ふたり合わせてもうすぐ180歳とあります。高齢者ご夫婦です。
息子は三人いるものの、昭和37年生まれの長男は高校中退、無職引きこもり(テレビ・ラジオ・クロスワードパズル解きで時間をつぶす)。
昭和39年生まれの次男はオネエで(オカマさん)、自称自分は長女(おかっぱ頭で、裏声で話す。スカートのようなズボンをはいている。胸がふくらんでいる。娘のような次男である)。
昭和41年生まれの三男は借金男で、三人とも未婚です。
父親の明石新平がつくった自営業の明石建設という会社がありましたが、息子が三人いても後継ぎはいません。まあ、これが現実かもしれません。奥さんはどうも認知症です。
読んでいると、胸にしみじみと広がってくるものがあります。落語のようでもあります。
九十歳近い夫婦にとっては、(人生においてやることが)もう終わったんだなあ。
極楽行き待ちで、あの世にいくまでのひとときを、思い出にひたる世界ですごしているのです。 もうあの人もこの人も、お先に極楽へ行かれて、極楽で待ってもらっているような状態なのです。(そんなこんなで、認知症になってしまった奥さんは、ご主人の浮気を疑うという筋立てで物語が流れていきます)。奥さんの嫉妬心が強烈です。(しっと。やきもち。うらむ。ねたむ)。奥さんが叫びながらご主人のパンツを引きずりおろします。奥さんが認知症でこわれちゃってます。
2024年09月10日
出川哲朗の充電バイクの旅 北海道洞爺湖から余市
出川哲朗の充電バイクの旅 TVer(ティーバー)とか、ネットもテレ東とか。
絶景の<羊蹄山(ようていざん)>洞爺湖(とうやこ)から余市(よいち)の珍景(ちんけい)<ローソク岩>まで絶景街道128キロ!北海道グルメも満載ですが初登場の山本彩(やまもと・さやか。元NNB48)と狩野英孝(かの・えいこう)がエンジン全開!ヤバイよヤバイよSP
北海道のきれいな景色です。
北海道の風景は美しい。
洞爺湖の湖と小島の風景でスタートしました。
担当は、熊谷ディレクターです。(くまがいさん)
わたしは、山本彩(やまもと・さやか)さんという方は存じ上げませんが、明るい性格の方でした。
狩野英孝さんは、東野・岡村の『旅猿』という番組で、ご自身の出身地である宮城県内編を先日観たところで、また、こちらの充電バイクでの別ルートでの出演番組も観ていて、ちょっと狩野英孝さんは見飽きました。
旅好きだから旅番組に出演されるのでしょうが、狩野英孝さんは、旅ロケ番組での地元民に対する物の言い方がぞんざい(荒っぽい、失礼な物言いをする)なところが気になります。そのうち地元民から何を言っているんだ!と怒鳴り返されるもしれません。
北海道の地元の人たち、充電依頼をしたお宅の人たちは、すごくいい人ばかりでした。
農家の若そうなファミリーが、感じ良かった。
観ていてちょっと感激しました。
久しぶりに、人間らしい心もちをもった人たちに会ったような思いでした。
心がさわやかになれました。競争しない。欲得(よくとく。損得優先の意識)なしです。
毎日の日米の選挙がらみの報道や某知事のパワハラ報道を見ていると、気がめいってくることがあります。
充電バイクで前進しながら、いろいろな家族に会って、そうやって、ひとつひとつ思い出を重ねながら人生が過ぎていきます。
記念の集合写真を撮るシーンが好きです。もう二度と同じメンバーで記念写真を撮ることはありません。
農家の方のビニールハウスの中に冷蔵庫や座るところなどがセットされていて、番組中だれかが、『基地』と言ったのですが、わたしも、まだ小学校低学年のころにこどもばかりで集まって、山や野原でつくった『基地』で話しこんだときの体験と重なって共感しました。
狩野英孝さんは、農家さんにもらった巨大なトマトを切る包丁さばきがひどかった。結婚生活には向かないだんなさんです。練習したほうがいい。(ご結婚はされているような番組内での発言でした)
なかなか食事場所が見つからなくてたいへんそうな北海道ロケです。
『昔ながらのドライブイン』とか、お店の建物のイメージが、『宇宙船』とか、『ショートケーキ』とか、そのあたりの話がおもしろかった。
電動バイクで移動中に北海道余市市内(よいちしない)で見えた宇宙飛行士毛利衛(もうりまもる)さんのご実家が銭湯で、現在も立派な入浴施設になっていてびっくりしました。へぇーーでした。
ローソク岩に向かって、二年前に井森美幸さんがゲストで参加した時の上り坂ルートを三人がバイクで並んで上ります(のぼります)。(前回は、充電切れで出川哲朗さんは制限時間内にローソク岩に到着できませんでした。井森美幸さんだけがゴールしました)。今回は、出川さんも狩野英孝さんも熊谷ディレクターもゴールできて良かった。
次回は、長野県の戸隠神社(とがくしじんじゃ)から松本城だそうです。
松本城には、わたしは二度行ったことがあるので放送が楽しみです。高校の修学旅行のときと、おととしの5月に夫婦で行きました。いずれもいいお天気でした。
絶景の<羊蹄山(ようていざん)>洞爺湖(とうやこ)から余市(よいち)の珍景(ちんけい)<ローソク岩>まで絶景街道128キロ!北海道グルメも満載ですが初登場の山本彩(やまもと・さやか。元NNB48)と狩野英孝(かの・えいこう)がエンジン全開!ヤバイよヤバイよSP
北海道のきれいな景色です。
北海道の風景は美しい。
洞爺湖の湖と小島の風景でスタートしました。
担当は、熊谷ディレクターです。(くまがいさん)
わたしは、山本彩(やまもと・さやか)さんという方は存じ上げませんが、明るい性格の方でした。
狩野英孝さんは、東野・岡村の『旅猿』という番組で、ご自身の出身地である宮城県内編を先日観たところで、また、こちらの充電バイクでの別ルートでの出演番組も観ていて、ちょっと狩野英孝さんは見飽きました。
旅好きだから旅番組に出演されるのでしょうが、狩野英孝さんは、旅ロケ番組での地元民に対する物の言い方がぞんざい(荒っぽい、失礼な物言いをする)なところが気になります。そのうち地元民から何を言っているんだ!と怒鳴り返されるもしれません。
北海道の地元の人たち、充電依頼をしたお宅の人たちは、すごくいい人ばかりでした。
農家の若そうなファミリーが、感じ良かった。
観ていてちょっと感激しました。
久しぶりに、人間らしい心もちをもった人たちに会ったような思いでした。
心がさわやかになれました。競争しない。欲得(よくとく。損得優先の意識)なしです。
毎日の日米の選挙がらみの報道や某知事のパワハラ報道を見ていると、気がめいってくることがあります。
充電バイクで前進しながら、いろいろな家族に会って、そうやって、ひとつひとつ思い出を重ねながら人生が過ぎていきます。
記念の集合写真を撮るシーンが好きです。もう二度と同じメンバーで記念写真を撮ることはありません。
農家の方のビニールハウスの中に冷蔵庫や座るところなどがセットされていて、番組中だれかが、『基地』と言ったのですが、わたしも、まだ小学校低学年のころにこどもばかりで集まって、山や野原でつくった『基地』で話しこんだときの体験と重なって共感しました。
狩野英孝さんは、農家さんにもらった巨大なトマトを切る包丁さばきがひどかった。結婚生活には向かないだんなさんです。練習したほうがいい。(ご結婚はされているような番組内での発言でした)
なかなか食事場所が見つからなくてたいへんそうな北海道ロケです。
『昔ながらのドライブイン』とか、お店の建物のイメージが、『宇宙船』とか、『ショートケーキ』とか、そのあたりの話がおもしろかった。
電動バイクで移動中に北海道余市市内(よいちしない)で見えた宇宙飛行士毛利衛(もうりまもる)さんのご実家が銭湯で、現在も立派な入浴施設になっていてびっくりしました。へぇーーでした。
ローソク岩に向かって、二年前に井森美幸さんがゲストで参加した時の上り坂ルートを三人がバイクで並んで上ります(のぼります)。(前回は、充電切れで出川哲朗さんは制限時間内にローソク岩に到着できませんでした。井森美幸さんだけがゴールしました)。今回は、出川さんも狩野英孝さんも熊谷ディレクターもゴールできて良かった。
次回は、長野県の戸隠神社(とがくしじんじゃ)から松本城だそうです。
松本城には、わたしは二度行ったことがあるので放送が楽しみです。高校の修学旅行のときと、おととしの5月に夫婦で行きました。いずれもいいお天気でした。
2024年09月09日
運命じゃない人 邦画 2005年
運命じゃない人 邦画 2005年(平成17年) 1時間37分 動画配信サービス
中村靖日(なかむら・やすひ)さんという俳優さんが7月10日に急性心不全のため51歳で亡くなって、わたしは知らない俳優さんだったのですが、いくつかのコメントを読んで、いい俳優さんだったということだったので、コメントのなかで、作品『運命じゃない人』がいい演技だったという記述を読んで、映画を観たくなりました。
観終えて、中村靖日さんの演技がとても良かった。
宮田武(中村靖日):優しい。人を信じすぎる。お人よし。だまされていても、だましている相手を信じてしまうタイプ。サラリーマン。
神田:宮田武の中学時代からの親友。探偵をしている。なんというか、ふつう、この異なるタイプの人間同士が親友になるとは思えないのですが、演劇の設定です。
宮田武が結婚詐欺師あゆみという女性にだまされたあと出会って付き合いたくなる女性も、宮田武のキャラクターに合うような女性のタイプではないのですが、それもまた演劇の設定なのでしょう。
宮田武が結婚後のために購入したマンションを自分がつき合う女と使いたいから貸してくれと神田が言います。
洋画、『アパートの鍵貸します』を思い出しました。1960年(昭和35年)ビリー・ワイルダー監督、ジャック・レモン、シャーリー・マクレーンのいい映画でした。
こちらの映画にはいろいろ仕掛けがしてあります。最初は見ているほうもだまされます。最後は、ほうそうかいなと、やれやれという気持ちになりますが、まっイイカ!で終わりました。
冒頭付近の婚約解消をされた桑田真紀のひとり語りに説得力があります。
『知らない星にひとりぼっちでいるようだ……』から始まります。
婚約指輪を古物商にもっていったら、わずか3500円の引き取り価格だった。
桑田真紀の気持ちです。『自分の幸せをほかの人に託すから(男にたくすから)こんなふうになるんだ。もう誰も頼らない。(これから)ひとりで生きていくんだ』
2005年(平成17年)なので、スマホはまだ世の中に登場していません。ガラ携(がらけい)の携帯電話です。
始まってしばらくは、男女の会話がぎくしゃくしている感じがありました。
ときおり、時間が戻ります。不思議なつくりの映画です。
舞台劇のようでもあります。
その後も何度か、時間が戻ります。伊坂幸太郎小説作品みたいです。
宮田武を演じる中村靖日(なかむら・やすひ)さんは、限りなく心が優しい。優しいけれど、女性にもてるタイプではありません。だから、女性にとって結婚相手になる『運命の人』とは思えない。映画のタイトルにある『運命じゃない人』扱いなのです。されど現実には、こういう人と結婚することが、平和な人生につながります。
宮田武はまじめです。まじめすぎて、魅力のない人です。
中村靖日(なかむら・やすひ)さん、演技がうまいなあ。本人の地(じ。本来の姿)ではないと思いますが、うまいなあ。
女の人同士が、がちあいます。おもしろい。
女が女をののしります。
『(あなたは)勝手すぎる!裏切り者(みたいに言う)。(あなたは)自分の都合だけで生きているのね!』(すごい! いい脚本です)
自分がカップルになる相手は、だれでもいいとういうわけにはいきません。
走る! 走る! 走る! 自分にとって、失ってはいけないと思う異性を追いかける。
伏線として、『(あなたの)電話番号を教えてください!』(いいなあ)
宮田武(中村靖日(なかむら・やすひ))は、純粋です。純真です。不純な気持ちや、私欲がありません。
タクシーの運転手さんもおもしろい。
恋愛において、異性の見た目やスタイルに、だまされてはいけない。
ときおり、ウソが判明します。
このあと、どんなどんでん返しの大ウソがあるのだろうかという気持ちになります。
戦争地帯と平和が同じ空間に同居しています。
宮田武(中村靖日(なかむら・やすひ)さん)の空間が、『平和』で、彼以外の人たちがいる空間が、『戦地』です。
時空間移動もあります。
ヤクザである組長の携帯電話の呼び出し音が、『組長!電話です』だったのが良かった。
宮田武(中村靖日(なかむら・やすひ)さん)は、人を信じすぎるお人よしですが、幸せな人です。これでいい。人間は、正直に生きたほうがいい。
いい映画でした。
中村靖日(なかむら・やすひ)さんという俳優さんが7月10日に急性心不全のため51歳で亡くなって、わたしは知らない俳優さんだったのですが、いくつかのコメントを読んで、いい俳優さんだったということだったので、コメントのなかで、作品『運命じゃない人』がいい演技だったという記述を読んで、映画を観たくなりました。
観終えて、中村靖日さんの演技がとても良かった。
宮田武(中村靖日):優しい。人を信じすぎる。お人よし。だまされていても、だましている相手を信じてしまうタイプ。サラリーマン。
神田:宮田武の中学時代からの親友。探偵をしている。なんというか、ふつう、この異なるタイプの人間同士が親友になるとは思えないのですが、演劇の設定です。
宮田武が結婚詐欺師あゆみという女性にだまされたあと出会って付き合いたくなる女性も、宮田武のキャラクターに合うような女性のタイプではないのですが、それもまた演劇の設定なのでしょう。
宮田武が結婚後のために購入したマンションを自分がつき合う女と使いたいから貸してくれと神田が言います。
洋画、『アパートの鍵貸します』を思い出しました。1960年(昭和35年)ビリー・ワイルダー監督、ジャック・レモン、シャーリー・マクレーンのいい映画でした。
こちらの映画にはいろいろ仕掛けがしてあります。最初は見ているほうもだまされます。最後は、ほうそうかいなと、やれやれという気持ちになりますが、まっイイカ!で終わりました。
冒頭付近の婚約解消をされた桑田真紀のひとり語りに説得力があります。
『知らない星にひとりぼっちでいるようだ……』から始まります。
婚約指輪を古物商にもっていったら、わずか3500円の引き取り価格だった。
桑田真紀の気持ちです。『自分の幸せをほかの人に託すから(男にたくすから)こんなふうになるんだ。もう誰も頼らない。(これから)ひとりで生きていくんだ』
2005年(平成17年)なので、スマホはまだ世の中に登場していません。ガラ携(がらけい)の携帯電話です。
始まってしばらくは、男女の会話がぎくしゃくしている感じがありました。
ときおり、時間が戻ります。不思議なつくりの映画です。
舞台劇のようでもあります。
その後も何度か、時間が戻ります。伊坂幸太郎小説作品みたいです。
宮田武を演じる中村靖日(なかむら・やすひ)さんは、限りなく心が優しい。優しいけれど、女性にもてるタイプではありません。だから、女性にとって結婚相手になる『運命の人』とは思えない。映画のタイトルにある『運命じゃない人』扱いなのです。されど現実には、こういう人と結婚することが、平和な人生につながります。
宮田武はまじめです。まじめすぎて、魅力のない人です。
中村靖日(なかむら・やすひ)さん、演技がうまいなあ。本人の地(じ。本来の姿)ではないと思いますが、うまいなあ。
女の人同士が、がちあいます。おもしろい。
女が女をののしります。
『(あなたは)勝手すぎる!裏切り者(みたいに言う)。(あなたは)自分の都合だけで生きているのね!』(すごい! いい脚本です)
自分がカップルになる相手は、だれでもいいとういうわけにはいきません。
走る! 走る! 走る! 自分にとって、失ってはいけないと思う異性を追いかける。
伏線として、『(あなたの)電話番号を教えてください!』(いいなあ)
宮田武(中村靖日(なかむら・やすひ))は、純粋です。純真です。不純な気持ちや、私欲がありません。
タクシーの運転手さんもおもしろい。
恋愛において、異性の見た目やスタイルに、だまされてはいけない。
ときおり、ウソが判明します。
このあと、どんなどんでん返しの大ウソがあるのだろうかという気持ちになります。
戦争地帯と平和が同じ空間に同居しています。
宮田武(中村靖日(なかむら・やすひ)さん)の空間が、『平和』で、彼以外の人たちがいる空間が、『戦地』です。
時空間移動もあります。
ヤクザである組長の携帯電話の呼び出し音が、『組長!電話です』だったのが良かった。
宮田武(中村靖日(なかむら・やすひ)さん)は、人を信じすぎるお人よしですが、幸せな人です。これでいい。人間は、正直に生きたほうがいい。
いい映画でした。
2024年09月06日
ブリキの太鼓 ヨーロッパ映画 1981年
ブリキの太鼓 ヨーロッパ映画 1981年(昭和56年) ディレクターズカット163分 動画配信サービス
有名な映画ですが初めて観ました。
奇妙な映画でした。
第二次世界大戦がからんでいます。
ポーランド人の少年と家族が出てきます。
少年オスカルは障害児のようにも見えますが、架空の体の状態です。生まれながらに大人の知能を有しているという少年の設定です。
しばらくまえに見たバカリズム脚本のドラマ、『ブラッシュアップライフ テレビドラマ 2023年1月~3月放送』みたいです。この映画にヒントがあって、『ブラッシュアップライフ』が生まれているのかもしれません。
自分で自分の年齢をコントロールする能力をもっている少年で天才です。体の成長を3歳の状態でストップして、以降年齢を重ねても体は大きくなりません。
こどもの体のまま、精神年齢は、最終的には21歳ぐらいまでいきます。ただ、映像を見る限り、3歳よりも大きい年齢の体に見えます。4歳後半から5歳児ぐらいに見えます。
少年はもうひとつ能力をもっています。高い声(叫び声)を出すことで、ガラスを破壊することができます。
戦時中ですから激動のポーランドです。ドイツ軍が侵攻してきます。
先日観た映画が、『トラ・トラ・トラ』と、『ミッドウェイ』でした。たまたま、戦争における戦闘シーンの連続鑑賞になってしまいました。広島・長崎原爆投下記念式典とか、8月15日終戦記念日が近い時期にそれらの映画を観ました。
映画は、なんとも奇妙な出だしでした。
字幕スーパーが出なくて、なにをしゃべっているのかわからない外国語が続きました。
途中で、自分で字幕を設定するのだと気づいて、設定のマークをしどろもどろに設定してセリフの意味がわかるようになりました。
天才である男の語り話だろうか。
『物語は、僕が生まれる前から始まる。僕のかわいそうなママが生まれることになったのは、僕の祖母アンナ・ブンスキが、若くて世間知らずで、スカートを4枚はいていて芋畑に座っていた1899年(日本だと明治32年)のある日、カシュバイの野でのことだ。(警察官ふたりに追われて逃げて来た常習放火犯人の男を祖母はかくまって、さらに夫にした)』
カシュバイ人という民族があるらしい。(カシューブ人)
母親のアグネスは、オスカルが3歳になったときに、ブリキの太鼓を誕生日のプレゼントとしてプレゼントします。以降、壊れたら新しいブリキの太鼓を買いながら、いつもオスカルのそばにはブリキの太鼓があります。そして、オスカルは、周囲がやかましいと思うほど、ブリキの太鼓をたたきます。
おとなたちを見る少年オスカルの目線は、冷ややかです。
おとなたちのだらしない暮らしぶりを見て、少年オスカルは、おとなになることをやめました。ピーターパンみたいです。
生活に、『不幸せ』があります。
なにがなんでもおとなの言うことをきかないこどもっています。
物事の見方はいろいろあって、そんな奇妙なオスカルを研究対象にしたいという人物も現れます。
オスカルは、何がしたいのだろう。何のためにそこにいるのだろう。観ている自分の所感です。
人間がもつ『悪』をあぶりだす作品です。
哲学的です。
人間とは何か。
人間とは、きれいなものではない。
人間とは、『業のかたまり(ごうのかたまり。欲望の固まり。悪行(あくぎょう)の固まり。自己中心的)』
サーカスが出てきます。
小人チーム(こびとチーム)が芸をして、話を引っ張ります。オスカルも仲間に入っていきます。
ドイツの侵攻があります。
『僕はポーランド人だ』
それに対して、『ドイツ語の新聞を読め!』と言われる。
おおぜいの人間がナチス・ドイツに洗脳されて集団行動をとります。
こどもからおとなまで、心がコントロールされていきます。
エロい話も多々出てきます。
気が変になってしまう女性もいます。
戦火に巻き込まれた少年マルコです。
銃声で鼓膜が破れそうです。
部屋の中に弾丸が飛んできます。
戦車の砲撃で部屋が壊れます。
そんななかでも、トランプゲームしている人たちがいます。みんな頭がおかしい。
異常です。
宗教が人心をコントロールする。
冷めた目で、こどもがおとなを見ています。
女性が商品のようになっている。
ウソ泣きをするこどもは、化け物(ばけもの)のようです。
ドイツ人たちは、戦況がいい今は幸せそうですが、最後は戦争に負けます。
戦争は悲惨な殺し合いです。
今日は生きている人も、あしたは、生きているかはわかりません。
生き残った人間の気持ちがあります。
妻もこどもたちもみんな死んでいなくなった。
自分だけが、生き残った。
埋葬は土葬です。
『なすべきか、なさざるべきか。僕は成長するんだ』
マルコは、二十歳を過ぎて、自分の体を成人に成長させることにしました。
ここで、全部がだめになったとあります。
不思議な話でした。
この時代に、この場所に生まれた人のお話でした。
原点は、祖母が芋畑で夫となる男に出会ったことから始まったのです。
理屈で考えるというよりも、人生とか戦争を、心で感じる映画でした。
有名な映画ですが初めて観ました。
奇妙な映画でした。
第二次世界大戦がからんでいます。
ポーランド人の少年と家族が出てきます。
少年オスカルは障害児のようにも見えますが、架空の体の状態です。生まれながらに大人の知能を有しているという少年の設定です。
しばらくまえに見たバカリズム脚本のドラマ、『ブラッシュアップライフ テレビドラマ 2023年1月~3月放送』みたいです。この映画にヒントがあって、『ブラッシュアップライフ』が生まれているのかもしれません。
自分で自分の年齢をコントロールする能力をもっている少年で天才です。体の成長を3歳の状態でストップして、以降年齢を重ねても体は大きくなりません。
こどもの体のまま、精神年齢は、最終的には21歳ぐらいまでいきます。ただ、映像を見る限り、3歳よりも大きい年齢の体に見えます。4歳後半から5歳児ぐらいに見えます。
少年はもうひとつ能力をもっています。高い声(叫び声)を出すことで、ガラスを破壊することができます。
戦時中ですから激動のポーランドです。ドイツ軍が侵攻してきます。
先日観た映画が、『トラ・トラ・トラ』と、『ミッドウェイ』でした。たまたま、戦争における戦闘シーンの連続鑑賞になってしまいました。広島・長崎原爆投下記念式典とか、8月15日終戦記念日が近い時期にそれらの映画を観ました。
映画は、なんとも奇妙な出だしでした。
字幕スーパーが出なくて、なにをしゃべっているのかわからない外国語が続きました。
途中で、自分で字幕を設定するのだと気づいて、設定のマークをしどろもどろに設定してセリフの意味がわかるようになりました。
天才である男の語り話だろうか。
『物語は、僕が生まれる前から始まる。僕のかわいそうなママが生まれることになったのは、僕の祖母アンナ・ブンスキが、若くて世間知らずで、スカートを4枚はいていて芋畑に座っていた1899年(日本だと明治32年)のある日、カシュバイの野でのことだ。(警察官ふたりに追われて逃げて来た常習放火犯人の男を祖母はかくまって、さらに夫にした)』
カシュバイ人という民族があるらしい。(カシューブ人)
母親のアグネスは、オスカルが3歳になったときに、ブリキの太鼓を誕生日のプレゼントとしてプレゼントします。以降、壊れたら新しいブリキの太鼓を買いながら、いつもオスカルのそばにはブリキの太鼓があります。そして、オスカルは、周囲がやかましいと思うほど、ブリキの太鼓をたたきます。
おとなたちを見る少年オスカルの目線は、冷ややかです。
おとなたちのだらしない暮らしぶりを見て、少年オスカルは、おとなになることをやめました。ピーターパンみたいです。
生活に、『不幸せ』があります。
なにがなんでもおとなの言うことをきかないこどもっています。
物事の見方はいろいろあって、そんな奇妙なオスカルを研究対象にしたいという人物も現れます。
オスカルは、何がしたいのだろう。何のためにそこにいるのだろう。観ている自分の所感です。
人間がもつ『悪』をあぶりだす作品です。
哲学的です。
人間とは何か。
人間とは、きれいなものではない。
人間とは、『業のかたまり(ごうのかたまり。欲望の固まり。悪行(あくぎょう)の固まり。自己中心的)』
サーカスが出てきます。
小人チーム(こびとチーム)が芸をして、話を引っ張ります。オスカルも仲間に入っていきます。
ドイツの侵攻があります。
『僕はポーランド人だ』
それに対して、『ドイツ語の新聞を読め!』と言われる。
おおぜいの人間がナチス・ドイツに洗脳されて集団行動をとります。
こどもからおとなまで、心がコントロールされていきます。
エロい話も多々出てきます。
気が変になってしまう女性もいます。
戦火に巻き込まれた少年マルコです。
銃声で鼓膜が破れそうです。
部屋の中に弾丸が飛んできます。
戦車の砲撃で部屋が壊れます。
そんななかでも、トランプゲームしている人たちがいます。みんな頭がおかしい。
異常です。
宗教が人心をコントロールする。
冷めた目で、こどもがおとなを見ています。
女性が商品のようになっている。
ウソ泣きをするこどもは、化け物(ばけもの)のようです。
ドイツ人たちは、戦況がいい今は幸せそうですが、最後は戦争に負けます。
戦争は悲惨な殺し合いです。
今日は生きている人も、あしたは、生きているかはわかりません。
生き残った人間の気持ちがあります。
妻もこどもたちもみんな死んでいなくなった。
自分だけが、生き残った。
埋葬は土葬です。
『なすべきか、なさざるべきか。僕は成長するんだ』
マルコは、二十歳を過ぎて、自分の体を成人に成長させることにしました。
ここで、全部がだめになったとあります。
不思議な話でした。
この時代に、この場所に生まれた人のお話でした。
原点は、祖母が芋畑で夫となる男に出会ったことから始まったのです。
理屈で考えるというよりも、人生とか戦争を、心で感じる映画でした。
2024年09月02日
エクソシスト 洋画 1974年(昭和49年)
エクソシスト 洋画 1974年(昭和49年) 2時間2分 動画配信サービス
ホラー映画『エクソシスト』は、高校生のころ、福岡県内の映画館で観ました。
今回半世紀ぶりぐらいで見直して、内容について、ずいぶんいろいろなことを忘れていることがわかりました。筋立てを忘れていたので、ラストシーンが今回観ていても、どうなるのだろうかと思いを巡らしながら観ていました。
昔のことで覚えているのは、当時観たときの映画館が超満員だったこと、高校の同じクラスの女子たちが観に来ていて、翌日そのうちのひとりがぜんせんこわくなかったと教室でアピールしていたことでした。『みんなーー 期待して見に行ってもこわくないよーー』って、言っていました。
ほかに覚えていたのは、悪魔にのりうつられた犠牲者の少女の首が360度ぐるりと回転するシーンでした。
今回観て、なかなかの力作だと好感をもちました。たいしたものです。
イラクでの遺跡発掘現場から始まって、後半、その作業に従事していた神父が悪魔払いの儀式に参加します。
悪魔が少女にのりうつる話です。少女の体から悪魔を出さねばなりません。
少女役は、リンダ・ブレアというまだこどものような女優さんだったことを思い出しました。
もう、当時映画館で映画を観た世代も出演していたリンダさんも、いまでは、おじいさん・おばあさんの世代になりました。時が流れるのは早いものです。
背中に翼がついた恐竜みたいな悪魔の姿です。
ああこの音楽、思い出しました。
オルゴールの音のようなきれいなメロディーの繰り返しです。
恐怖があなたに近づいて来るのです。
当時のこととして、ベトナム戦争のサイゴン陥落とか(かんらく。サイゴンは、南ベトナムの首都だった。1975年(昭和50年)4月30日南ベトナム(米国側)の無条件降伏があった。
暗い映像やグロテスクな映像、卑猥な(ひわい)な言動もあります。
当時はまだ、映画館の観客に厳しい年齢制限はなかったし、指定席というものもありませんでした。中学生でも田舎(いなか)である地元の集落にある映画館へ高倉健さんや菅原文太さん、鶴田浩二さんのヤクザ映画を観に行っていました。さすがに成人映画の日活ロマンポルノを見る中学生はいなかったと思いますが、おとなに変装した高校生ぐらいは、ポルノ映画を見に行っていたのかもしれません。(観客の年齢判断は映画館従業員の目視だけだったと思います。昭和時代は、規制について、ゆるいおおらかな時代でした。映画館もたくさんありました。自分たちが住んでいる住宅地の中に映画館がありました。テレビはまだ普及の過渡期でした。白黒テレビがカラーテレビになっていったころでした。かとき:移り変わりの途中の時期)
映画では、当初、少女は病気、脳の障害が疑われますが、検査した結果、機能は正常です。
脳脊髄液が原因で脳波に異常があるのではないかという話も出ますが、すべて正常です。
それでも少女はベッド上で、暴れ回ります。屈伸の動きなどは、恐怖をとおりこして、笑えます。コメディです。
すごい演技というか特殊撮影です。暴れ回るのでクスリを打って眠らせるしかないと観ていて思います。案の定(あんのじょう。やっぱり)、少女に鎮痛剤が打たれました。
この映画が成功したのは、宣伝効果があったからでしょう。
こわいぞーー こわいぞーー で、こわいもの見たさが人間の本質(ほんしつ。根本(こんぽん)の性質)にあります。
医学的な原因がわかりません。
ショック療法をするそうです。
カトリックの秘儀(ひぎ。秘密に行う儀式)『悪魔祓い(あくまばらい)』の儀式を行って、少女の体内から悪魔を体外に出すのです。
暗示を解く手法だそうです。呪術師(じゅじゅつし)に頼みます。
まあ、メチャクチャですなあ。動きが激しい。
少女の体はつくりものの人形だとわかります。
でも、まあまあおもしろい。
びっくりしました。
少女の口から緑色のチューインガムみたいなゲロが飛び出してきました。
教会の許可が出ないと悪魔払いの儀式はできないそうです。
でも、許可が出ました。
殺人事件がからんでいるので、(犯人は悪魔ですが)、刑事もいます。
オープンリールテープのテープレコーダーがなつかしい。小学校の授業で先生が使っていました。今の若い人は見たこともないでしょう。
大声でわめく悪魔くんです。
映画館の大画面で観るとこわいだろうなあ。(ちょっと自分は覚えていませんが、同時期に映画館へ観に行ったブルースリーの拳法映画はよく覚えています。アチョー アチョーです。振り回していたのは、ヌンチャクですな)
まあ、現実的に考えれば、迷信(科学的な根拠のないうそ話)の設定ですが、まあ、映画です。そして、ホラーです。(恐怖映画)
祈りでは救われない。
呪術師自身にとっては、自分が死んでしまうという最悪の結果が訪れました。されど、少女の命は救われました。犠牲を伴う救いです。
ストーリー展開よりも、特殊撮影の映像の展開で力が入るシーンが続きます。
少女の体から出た悪魔は、どこにいったのだろう。
エロ悪魔だった。へんな奴(やつ)だった。
力作でした。傑作です。
急で(きゅうで)長い階段が、この映画の象徴として扱われていました。
そこでふたりの人間が死にました。
ホラー映画『エクソシスト』は、高校生のころ、福岡県内の映画館で観ました。
今回半世紀ぶりぐらいで見直して、内容について、ずいぶんいろいろなことを忘れていることがわかりました。筋立てを忘れていたので、ラストシーンが今回観ていても、どうなるのだろうかと思いを巡らしながら観ていました。
昔のことで覚えているのは、当時観たときの映画館が超満員だったこと、高校の同じクラスの女子たちが観に来ていて、翌日そのうちのひとりがぜんせんこわくなかったと教室でアピールしていたことでした。『みんなーー 期待して見に行ってもこわくないよーー』って、言っていました。
ほかに覚えていたのは、悪魔にのりうつられた犠牲者の少女の首が360度ぐるりと回転するシーンでした。
今回観て、なかなかの力作だと好感をもちました。たいしたものです。
イラクでの遺跡発掘現場から始まって、後半、その作業に従事していた神父が悪魔払いの儀式に参加します。
悪魔が少女にのりうつる話です。少女の体から悪魔を出さねばなりません。
少女役は、リンダ・ブレアというまだこどものような女優さんだったことを思い出しました。
もう、当時映画館で映画を観た世代も出演していたリンダさんも、いまでは、おじいさん・おばあさんの世代になりました。時が流れるのは早いものです。
背中に翼がついた恐竜みたいな悪魔の姿です。
ああこの音楽、思い出しました。
オルゴールの音のようなきれいなメロディーの繰り返しです。
恐怖があなたに近づいて来るのです。
当時のこととして、ベトナム戦争のサイゴン陥落とか(かんらく。サイゴンは、南ベトナムの首都だった。1975年(昭和50年)4月30日南ベトナム(米国側)の無条件降伏があった。
暗い映像やグロテスクな映像、卑猥な(ひわい)な言動もあります。
当時はまだ、映画館の観客に厳しい年齢制限はなかったし、指定席というものもありませんでした。中学生でも田舎(いなか)である地元の集落にある映画館へ高倉健さんや菅原文太さん、鶴田浩二さんのヤクザ映画を観に行っていました。さすがに成人映画の日活ロマンポルノを見る中学生はいなかったと思いますが、おとなに変装した高校生ぐらいは、ポルノ映画を見に行っていたのかもしれません。(観客の年齢判断は映画館従業員の目視だけだったと思います。昭和時代は、規制について、ゆるいおおらかな時代でした。映画館もたくさんありました。自分たちが住んでいる住宅地の中に映画館がありました。テレビはまだ普及の過渡期でした。白黒テレビがカラーテレビになっていったころでした。かとき:移り変わりの途中の時期)
映画では、当初、少女は病気、脳の障害が疑われますが、検査した結果、機能は正常です。
脳脊髄液が原因で脳波に異常があるのではないかという話も出ますが、すべて正常です。
それでも少女はベッド上で、暴れ回ります。屈伸の動きなどは、恐怖をとおりこして、笑えます。コメディです。
すごい演技というか特殊撮影です。暴れ回るのでクスリを打って眠らせるしかないと観ていて思います。案の定(あんのじょう。やっぱり)、少女に鎮痛剤が打たれました。
この映画が成功したのは、宣伝効果があったからでしょう。
こわいぞーー こわいぞーー で、こわいもの見たさが人間の本質(ほんしつ。根本(こんぽん)の性質)にあります。
医学的な原因がわかりません。
ショック療法をするそうです。
カトリックの秘儀(ひぎ。秘密に行う儀式)『悪魔祓い(あくまばらい)』の儀式を行って、少女の体内から悪魔を体外に出すのです。
暗示を解く手法だそうです。呪術師(じゅじゅつし)に頼みます。
まあ、メチャクチャですなあ。動きが激しい。
少女の体はつくりものの人形だとわかります。
でも、まあまあおもしろい。
びっくりしました。
少女の口から緑色のチューインガムみたいなゲロが飛び出してきました。
教会の許可が出ないと悪魔払いの儀式はできないそうです。
でも、許可が出ました。
殺人事件がからんでいるので、(犯人は悪魔ですが)、刑事もいます。
オープンリールテープのテープレコーダーがなつかしい。小学校の授業で先生が使っていました。今の若い人は見たこともないでしょう。
大声でわめく悪魔くんです。
映画館の大画面で観るとこわいだろうなあ。(ちょっと自分は覚えていませんが、同時期に映画館へ観に行ったブルースリーの拳法映画はよく覚えています。アチョー アチョーです。振り回していたのは、ヌンチャクですな)
まあ、現実的に考えれば、迷信(科学的な根拠のないうそ話)の設定ですが、まあ、映画です。そして、ホラーです。(恐怖映画)
祈りでは救われない。
呪術師自身にとっては、自分が死んでしまうという最悪の結果が訪れました。されど、少女の命は救われました。犠牲を伴う救いです。
ストーリー展開よりも、特殊撮影の映像の展開で力が入るシーンが続きます。
少女の体から出た悪魔は、どこにいったのだろう。
エロ悪魔だった。へんな奴(やつ)だった。
力作でした。傑作です。
急で(きゅうで)長い階段が、この映画の象徴として扱われていました。
そこでふたりの人間が死にました。