2009年12月14日

九州沖縄全図分県地図鹿児島・熊本・佐賀・福岡 昭文社

九州沖縄全図 分県地図 鹿児島・熊本・佐賀・福岡 昭文社

(旅立ちの前とあと。*アスタリスクが、旅立ちのあとの感想です。)
レンタカーで、鹿児島から福岡まで1日で走ることを計画しています。資料集めということで、標題の地図を購入しました。

「九州沖縄全図・昭文社」行ってみたいところを蛍光ペンで囲む。桜島(見たことがない)、指宿(いぶすき、砂蒸湯に入りたい)・知覧(ちらん、特攻隊の展示を見たい)、都井岬(野生の馬を見たい、シーガイア、西都市(さいとし、お花がきれいらしい)、別府(もちろん温泉)、水俣(みなまた、公害病の地をみたい)、日田市、大宰府、吉野ヶ里、国東半島(くにさきはんとう、石仏巡りをしたい)、下関。全部行けるはずも無い。鹿児島-宮﨑-大分ルートをとるか鹿児島-熊本-佐賀ルートをとるか、数日間迷いました。2泊3日の短い行程であり、九州自動車道を使う熊本・佐賀ルートにしました。どこにも寄らなければ4時間半ぐらいです。
*2泊3日で、初日がセントレア中部空港から鹿児島空港へ。そこでレンタカーを借りて、指宿(いぶすき)で宿泊しました。2日目が、指宿から佐賀県吉野ヶ里遺跡に立ち寄った後に、日田温泉で宿泊しました。鹿児島県の指宿を午前8時30分に出て、日田市には、午後6時過ぎに到着しました。3日目に福岡県の大宰府へ行き、福岡空港からセントレア中部空港へ帰ってきました。鹿児島から福岡は直線距離だと、350キロから400キロだと思います。大学生の息子とのふたり旅で、かわりばんこに運転しました。以下分県地図の感想です。

「鹿児島県」自分の無知が判明しました。鹿児島県には行ったことがありません。知覧(ちらん)は、地図でいうと右側の大隅半島(おおすみ)にあると思っていました。さらに海の近くだと思っていました。実際は、左側の薩摩半島で、山間部にありました。
*大隈半島と薩摩半島に囲まれているのが鹿児島湾(錦江湾・きんこうわん)です。自分が抱いていたイメージでは、円形の幅広い湾でしたが、じっさいは、細長い入り江のような形だと気づきました。それを気づかせてくれたのは、福岡県の九州国立博物館で見た伊能忠敬氏の測量図でした。なお、知覧特攻平和記念館には行きました。ちいさなこどもさんたちあてにカタカナで書かれた、おかあさんを大切にしてくださいという遺書には、涙を誘われました。

「熊本県」訪れたところも多く、見慣れた地名が多い。
*九州自動車道のトンネルが多い部分が済んで、熊本方面に出るとパアーと雰囲気が明るくなりました。

「佐賀県」さしあたって、吉野ヶ里遺跡に○(まる)をつける。邪馬台国はここだったかもしれない。でも、奈良だったかもしれない。
*鳥栖ジャンクション(とす)で、九州自動車道から長崎自動車道へ入るときに、オレンジの部分を通るようにとの表示があり、それは、本線だと思っていた車線を横切って、その向こうの車線まで直線的に車線変更するわけであり、車の速度もかなり出ているわけであり、隣の車線の後方から来る車と接触しないかとはらはらドキドキして、かなり緊張しました。なお、吉野ヶ里遺跡には行きました。たいへん豪華な建築物の展示でした。邪馬台国(やまたいこく)はここにあったのではないか、卑弥呼(ひみこ)はここにいたのではないかと信じたくなりました。大昔とはいえ、現代と変わらない高度な社会があったことをうかがわせる展示でした。

「福岡県」長々と見入ってしまいました。思い出多い。自分が生まれたところでもある。意外に思われるかもしれませんが、ふるさとを離れて30年以上になるので、地理にはそれほど明るくはありません。18歳当時の地理知識はしれています。そして、その知識はそのときのままです。
*分県地図全体を通じてですが、わたしは本になった地図は苦手です。方向音痴でもあります。カーナビに強いわけでもありません。ワンペーパーで全体がわかる地図を愛用しています。

指宿スカイラインから見えた桜島です。残念ながら曇っていましたが、わたしは満足しました。



佐賀県吉野ヶ里遺跡にあった展示で、弥生時代のひとたちが、会合をしている様子です。



これから年末にかけて、九州旅行の結果をまじえながらブログをアップしてみます。


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