2016年08月01日
主夫のトモロー 朱川湊人
主夫のトモロー 朱川湊人(しゅかわ・みなと) NHK出版
斉藤知朗(さいとう・ともろう。ともろうは、TOMMOW(明日)にひっかけてあるのでしょう)、25歳ぐらいが、主婦ではなく、主夫になって、子育てをする展開のようです。彼の親父は他界、おふくろは行方不明、4歳年上の兄は、ヤンキーらしい。
本のカバーには、右手には女の子の手を引いて、左手には、トイレットペーパーの束とお野菜が入ったポリ袋があります。小説家志望の彼ですから、案外、作者の実体験かもしれません。
勤めていた会社が解散、その後、無職で結婚という設定はありえないのですが、結婚相手の美智子さん(1歳年上)が、一流のインテリアデザイナー(店舗の内装をデザインする仕事)を目指しており、彼女の父親が、娘のために、知朗くんをサポーターにしたいという希望はありえます。
草食系男子と肉食系女子の付き合いと結婚という側面もあります。
42ページまできました。あと307ページあります。
いいなと感じた表現です。「話の組み立てを考えていなかった」、「豪華結婚式否定派」、「いつもより眉毛の濃い美智子」、「世界は自分の思い通りには動いてくれない」、「自分が美智子の奥さんになる」、「基本的に美智子は上から目線である」、「幼いころから母親不在で育ったトモロー」、「親戚価格」、「人生なんてあっという間に終わる」、「結果的に赤ちゃんがちゃんと育てばいい」、「ひとつの流儀に強いこだわりを見せる人」、「針が振り切れた」、「イッヒッヒをめざそう。人生のいいところを総取りする」、「森の木陰でドンジャラホイ攻撃」、「子供叱るな、来た道だから。年寄り笑うな、行く道だから」、「奥さんには絶対外で働かせないと息巻く男」、「頭の固い人ばかりの家系」、「俺は永久に女性の育児ともだちがつくれない」、「子供がちいさいうちは、どちらかの親がそばにいてくれるのがありがたい」、「人間は自分と違う生き方をする者を認めようとしない」、「ひと皮むけば普通の人」、「パパ友」、「我慢しろよ!(子育ては、気が遠くなるほどの忍耐の積み重ねです。)」、「感情の処理がうまくできないときがある」、「自分の夢を追いたいなら結婚しなければいい。子どももつくらず、ひとりでがんばればいい」、「親のほうも歳だけとって、子どもみたいな考え方をする」、「みんながみんな仲良くやれるわけではない」、「出版社はいつも新しい才能を求めている」、「家と公園とスーパーだけで世界が終わっていた」、「夢をかなえるためには犠牲を払わなくてはならない」
意味を調べる単語や文節です。「気は心:額や量は少ないが、真心こめてという意味」、「寝ぐずり:赤ちゃん、夜になっても眠れずぐずぐず言っている」、「三白眼:さんぱくがん。上方に黒目、左右と下に白目」、「拗れる:こじれる」、「肩を竦める:かたをすくめる」、「ちょんまげマーチ:おかあさんといっしょに出てくる歌」
(つづく)
トモローは、おとなしくて、まじめな人です。気弱でリードされる人でもあります。ある人はそういう人を「ヒモ」と呼びます。しかし、発想を変えれば、もともと女子として生まれればよかったのです。でも、ゲイでもホモでもありません。
トモローは、母親が行方不明なので、小学校3年生から料理をしています。みそ汁の「ダシ」を知らなかったのは、わたしも同じです。
ふたりに女の子が生まれました。名前は、斉藤智里(さいとう・ちさと)ですが、「チーコ」の愛称が流通しだしました。9月生まれです。奥さんの美智子さんは、翌年3月1日から職場復帰しています。
自分自身の子育て、孫育てとの比較になります。30年ぐらいまでの共働き・保育園預けは大変でしたが、先輩の話を聞くと、さらに大変だったことが当時わかりました。今は、恵まれた時代に変化しました。昔は、標準的な家族生活をしない人間を叩く社会がありました。お金のためにそうせざるを得ないということが第一の理由で、女性の社会参加促進という目標はあるようでないものでした。
書中では、102ページあたりからそのきざしが出てきます。「主夫って、おかしくない?」、「どうして、うちはお母さんが仕事に行って、お父さんがゴハンをつくっているのだろう」、「こどもを夫に任せて、仕事に行って、こどもがかわいそうと思わない母親」、「不審者・危険人物と思われる子連れの夫」
小説家志望、自宅で子育てしながら、創作活動をするトモローくんに仕事にまつわるストレスはありませんが、べつの精神的負担が襲ってくる。奥さんには、薄情者、冷淡人間のレッテルが貼られる。
子育ての項目は少ないけれど文章量は多い。そんな印象で読み続けています。
バスの中で乳児が泣き出して困る。そんなときに優しくされるとうれしくて涙が出そうになります。ところが、男子の父親が抱いているから同情されるそうで、女子の母親だと泣きやませて当然なのだそうです。だから、母親にはプレッシャーがある。子育ては女の仕事。世間は勝手にそう思っているそうです。
プリン公園で仲良く過ごす主婦のメグミちゃんママとチーちゃんパパであるトモローとは、恋愛関係などないのに噂されて、互いの配偶者に浮気疑惑をもたれることを避けるために悲しく絶交を迎えてしまいました。このあと、ヤンキーパパ(子育て嫌い)が別の章で出てくるのですが、主夫同士のネットワークが必要なのかもしれません。
2歳まで成長したチーコちゃんです。保育園に入れる展開にならないのは、育児書としては実用性が低下します。
寝かしつける時のコツが紹介されています。幼児と同じように呼吸をする。徐々に幼児の呼吸をおとなの呼吸に合わせるよう誘導する。ゆっくり呼吸するようにさせて眠りに落とす手法です。
わたしもひとつここにコツを落としておきます。乳児の時に効果的です。抱いて、膝を屈伸させること繰り返します。(おなかの中にいたときを思い出させる。おかあさんのおなかの中、羊水につかっていたときの母親の歩行状態をつくりだします。)声は、「ねむたいねむたいよー」を繰り返す。何度も「ねむたい、ねむたいよー」を繰り返すだけです。シンプルな子守唄です。自分が中学生のときに、お隣の奥さんがそうして赤ちゃんを寝かしつけていました。
トモローの母親は、トモローがこどものときから行方不明です。(トモローは母親に捨てられた)。もうすぐ、物語も最後なのですが、その辺の理由とか関わりが出てくるのだろうか。何かあるのか。(後半に十分な文章量で出てきました。)
会社勤めと家庭生活とどちらがストレスかという問いがあります。書中でもトモローが言いますが、家庭生活のほうが、ストレスがあります。会社にはルールとか上下関係とかの秩序があります。義務もあります。報酬もあります。規則正しきものがあります。家庭とか地域社会の活動には、それらがほとんどありません。複数人の意思ははかなく離れていきます。
同じく子育てにかかわってきた者としては物足りなかった。けれど、これからは、こういう試みが必要な分野です。
斉藤知朗(さいとう・ともろう。ともろうは、TOMMOW(明日)にひっかけてあるのでしょう)、25歳ぐらいが、主婦ではなく、主夫になって、子育てをする展開のようです。彼の親父は他界、おふくろは行方不明、4歳年上の兄は、ヤンキーらしい。
本のカバーには、右手には女の子の手を引いて、左手には、トイレットペーパーの束とお野菜が入ったポリ袋があります。小説家志望の彼ですから、案外、作者の実体験かもしれません。
勤めていた会社が解散、その後、無職で結婚という設定はありえないのですが、結婚相手の美智子さん(1歳年上)が、一流のインテリアデザイナー(店舗の内装をデザインする仕事)を目指しており、彼女の父親が、娘のために、知朗くんをサポーターにしたいという希望はありえます。
草食系男子と肉食系女子の付き合いと結婚という側面もあります。
42ページまできました。あと307ページあります。
いいなと感じた表現です。「話の組み立てを考えていなかった」、「豪華結婚式否定派」、「いつもより眉毛の濃い美智子」、「世界は自分の思い通りには動いてくれない」、「自分が美智子の奥さんになる」、「基本的に美智子は上から目線である」、「幼いころから母親不在で育ったトモロー」、「親戚価格」、「人生なんてあっという間に終わる」、「結果的に赤ちゃんがちゃんと育てばいい」、「ひとつの流儀に強いこだわりを見せる人」、「針が振り切れた」、「イッヒッヒをめざそう。人生のいいところを総取りする」、「森の木陰でドンジャラホイ攻撃」、「子供叱るな、来た道だから。年寄り笑うな、行く道だから」、「奥さんには絶対外で働かせないと息巻く男」、「頭の固い人ばかりの家系」、「俺は永久に女性の育児ともだちがつくれない」、「子供がちいさいうちは、どちらかの親がそばにいてくれるのがありがたい」、「人間は自分と違う生き方をする者を認めようとしない」、「ひと皮むけば普通の人」、「パパ友」、「我慢しろよ!(子育ては、気が遠くなるほどの忍耐の積み重ねです。)」、「感情の処理がうまくできないときがある」、「自分の夢を追いたいなら結婚しなければいい。子どももつくらず、ひとりでがんばればいい」、「親のほうも歳だけとって、子どもみたいな考え方をする」、「みんながみんな仲良くやれるわけではない」、「出版社はいつも新しい才能を求めている」、「家と公園とスーパーだけで世界が終わっていた」、「夢をかなえるためには犠牲を払わなくてはならない」
意味を調べる単語や文節です。「気は心:額や量は少ないが、真心こめてという意味」、「寝ぐずり:赤ちゃん、夜になっても眠れずぐずぐず言っている」、「三白眼:さんぱくがん。上方に黒目、左右と下に白目」、「拗れる:こじれる」、「肩を竦める:かたをすくめる」、「ちょんまげマーチ:おかあさんといっしょに出てくる歌」
(つづく)
トモローは、おとなしくて、まじめな人です。気弱でリードされる人でもあります。ある人はそういう人を「ヒモ」と呼びます。しかし、発想を変えれば、もともと女子として生まれればよかったのです。でも、ゲイでもホモでもありません。
トモローは、母親が行方不明なので、小学校3年生から料理をしています。みそ汁の「ダシ」を知らなかったのは、わたしも同じです。
ふたりに女の子が生まれました。名前は、斉藤智里(さいとう・ちさと)ですが、「チーコ」の愛称が流通しだしました。9月生まれです。奥さんの美智子さんは、翌年3月1日から職場復帰しています。
自分自身の子育て、孫育てとの比較になります。30年ぐらいまでの共働き・保育園預けは大変でしたが、先輩の話を聞くと、さらに大変だったことが当時わかりました。今は、恵まれた時代に変化しました。昔は、標準的な家族生活をしない人間を叩く社会がありました。お金のためにそうせざるを得ないということが第一の理由で、女性の社会参加促進という目標はあるようでないものでした。
書中では、102ページあたりからそのきざしが出てきます。「主夫って、おかしくない?」、「どうして、うちはお母さんが仕事に行って、お父さんがゴハンをつくっているのだろう」、「こどもを夫に任せて、仕事に行って、こどもがかわいそうと思わない母親」、「不審者・危険人物と思われる子連れの夫」
小説家志望、自宅で子育てしながら、創作活動をするトモローくんに仕事にまつわるストレスはありませんが、べつの精神的負担が襲ってくる。奥さんには、薄情者、冷淡人間のレッテルが貼られる。
子育ての項目は少ないけれど文章量は多い。そんな印象で読み続けています。
バスの中で乳児が泣き出して困る。そんなときに優しくされるとうれしくて涙が出そうになります。ところが、男子の父親が抱いているから同情されるそうで、女子の母親だと泣きやませて当然なのだそうです。だから、母親にはプレッシャーがある。子育ては女の仕事。世間は勝手にそう思っているそうです。
プリン公園で仲良く過ごす主婦のメグミちゃんママとチーちゃんパパであるトモローとは、恋愛関係などないのに噂されて、互いの配偶者に浮気疑惑をもたれることを避けるために悲しく絶交を迎えてしまいました。このあと、ヤンキーパパ(子育て嫌い)が別の章で出てくるのですが、主夫同士のネットワークが必要なのかもしれません。
2歳まで成長したチーコちゃんです。保育園に入れる展開にならないのは、育児書としては実用性が低下します。
寝かしつける時のコツが紹介されています。幼児と同じように呼吸をする。徐々に幼児の呼吸をおとなの呼吸に合わせるよう誘導する。ゆっくり呼吸するようにさせて眠りに落とす手法です。
わたしもひとつここにコツを落としておきます。乳児の時に効果的です。抱いて、膝を屈伸させること繰り返します。(おなかの中にいたときを思い出させる。おかあさんのおなかの中、羊水につかっていたときの母親の歩行状態をつくりだします。)声は、「ねむたいねむたいよー」を繰り返す。何度も「ねむたい、ねむたいよー」を繰り返すだけです。シンプルな子守唄です。自分が中学生のときに、お隣の奥さんがそうして赤ちゃんを寝かしつけていました。
トモローの母親は、トモローがこどものときから行方不明です。(トモローは母親に捨てられた)。もうすぐ、物語も最後なのですが、その辺の理由とか関わりが出てくるのだろうか。何かあるのか。(後半に十分な文章量で出てきました。)
会社勤めと家庭生活とどちらがストレスかという問いがあります。書中でもトモローが言いますが、家庭生活のほうが、ストレスがあります。会社にはルールとか上下関係とかの秩序があります。義務もあります。報酬もあります。規則正しきものがあります。家庭とか地域社会の活動には、それらがほとんどありません。複数人の意思ははかなく離れていきます。
同じく子育てにかかわってきた者としては物足りなかった。けれど、これからは、こういう試みが必要な分野です。
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