2024年02月06日

寝ても覚めても 邦画 2018年

寝ても覚めても 邦画 2018年(平成30年) 1時間59分 動画配信サービス

 女優伊藤沙莉さんに魅力を感じて見始めた4本目でした。これまでに、『タイトル拒絶』と『ちょっと思い出しただけ』と『探偵マリコの生涯で一番悲惨な日』を観ました。
 こちらの映画では、伊藤沙莉さんはわき役でしたが、なかなかのいい演技でした。迫力があり、力強い。
 映画の内容については酷評になりそうです。
 原作の小説は読んだことがありますが、自分には合わない内容だったようで、ストーリーを覚えていません。感想メモは残っていました。その一部です。

 『寝ても覚めても 柴崎友香 河出文庫』
 寝ても覚めてもというのは、おそらく、男子に恋をしたあさちゃん22歳大卒就職者が、ビルの27階で偶然出会った青年(22歳から23歳ぐらい)に恋をして、一日中、男子のことを恋焦がれる物語だと今は受け止めて読んでいます。
 主人公の彼氏は、ふっとどこかへ行ってしまう習性あり。主人公の泉谷朝子は家族と断絶している気配あり。
 同じ顔をもつふたり目の男性が登場します。彼は実は同一人物で記憶喪失なのか。それとも、最初の人物は詐称していたのか。次の人物が詐称なのか。
 途中で? どういうことなのだろう。読んでいて混乱が生じてきました。
 悪く言えば、「自分勝手」、よく言えば、「自由奔放」、されど、31歳に達した主人公はもう若くはない。最後に「腐れ縁」「女の性(さが)」ホラー小説みたいでした。

 さて、映画のほうの感想です。途中で、ああ、この映画で、主役の男女の俳優さんの人生がおかしくなったのか……(気づきました。熊太郎は、たまたまテレビで、リアルタイムで、主役男性の不倫に関する記者会見を観ていました)
 記者から、奥さんと不倫相手の女性(この映画の共演者)のどちらが好きなのかと問われて、男優さんから、『答えられません』と返答がありました。あきれました。この男優さんは、見た目はおとなですが、頭の中身はこどもだと判断しました。
 1本の映画作品が観る者の人生を変えることがあります。(勇気をもらって)
 ところが、この1本の映画作品が、出演者ふたりの人生を変えてしまいました。

 主役の女性のキャラクター(個性)ですが、衣食住の基本的な生活を送るための生活能力があるようには見えません。
 生活していくためには、衣食住のルーティン(きまりきった動作。日課)と電気・ガス・水道などの契約のしかたほかの契約ごとを知らなければなりません。めんどうなことはいくらでもあります。
 映画は、イメージビデオの映像を観ているようです。人間ではなく、人形です。
 カップルがいちゃつく映画です。男も女も、なよなよしています。なんどか、もう観るのをやめようかと思いました。時間のムダです。
 この映画もまたタバコ映画でした。

 いくら顔や姿が似ていたとしても、しょせん別人です。この話は成立しません。
 性格とか資質とかではなく、外見(がいけん)だけがいいという理由の愛情は長続きしません。

 顔が似た恋人男性がふたり登場するというこのパターン、以前恋愛ドラマ、『101回目のプロポーズ』で見たような記憶があります。1991年(平成3年)ころです。
 つまらない映画になりそうです。イケメンと美女の映画というだけの中身か。

 主役ふたりの関西なまりのイントネーションが変です。(抑揚よくよう。声の音の上げ下げ)
 東京の人がしゃべる関西弁です。生活感がない。つくりものの世界です。

 チェーホフ:ロシアの劇作家、小説家。1860年(日本は明治維新が1868年)-1904年(明治37年)44歳没。

 人間の心の動きの中身がありません。
 猫が出てくるのですが、猫自身も演技不足です。
 猫が場所になじんでいない。(猫自身が暮らしている家という設定なのに、猫が初めてそこに来たという感じが映像を見ていてわかります)

 原作の小説に、東日本大震災の話はなかったような……
 東北現地の映像はギャップが大きい。(ギャップ:へだたり)現地の人たちの暮らしは生々しいのに、演者は別の世界から来た宇宙人みたいでした。つくりもののシーンです。
 主役のふたりはどうしてあんな平坦な話し方をするのだろう。感情の移入がない話し方です。
 ふたりとも棒読みのセリフなのは、何か意図があるのでしょうが、良い効果は出ていません。力不足でした。中国人が、カタコト日本語を話しているようでした。

 女の人は、秘密をかかえて生きています。(男性関係について)
 現実社会では、男は、そういうことを好きな女性には、聞かないほうがいい。

 主人公の女性は、OL仕事ができるような人には見えない。事務とか経理とか、営業とか接客とか。
 どうして、なんどもなんども、映像でふたりはキスを繰り返すのだろう。映画を観ているほうが喜ぶと思っていたら大きな勘違いです。不快です。

 風景映像もどれもすてきな場所には見えません。

 つまらない展開です。(行方不明者の再登場)
 まあ、入籍をしていないということは、こうなるリスクがあるということです。(権利義務関係がない者同士の別れに拘束力はない)
 信頼関係を裏切ると、いろいろなことでほころびが生じます。(しょうじます)

 事故で亡くなった仲本工事さんが出演されています。こどもの時からドリフターズのコントで仲本工事さんを知っているので親しみがあります。お気の毒なことをしました。

 お金を貸してくださいなんて、勝手な女(ひと)だなあ。

 主役の女優さんは、着用している衣服がきれいすぎる。東北震災津波被災地の背景となじんでいません。

 後半の男女のゴタゴタのゆくえは、名作『幸せの黄色いハンカチ(しあわせのきいろいハンカチ)』を思い出しました。1977年(昭和52年)の作品でした。
 男と女は、こういうことがある。そして縁があるとずっとやっていける。
 クライマックスの描き方は良かった。もりあがりの描き方はこれでいい。
 <人間の気持ちを変えることはできる>
 猫か。大丈夫。主人公女性は、家に入って行けばいい。
 最後はじょうずにまとめてありました。セミの声(せみしぐれ)のBGM(バックグラウンドミュージック)が良かった。

 女子の知り合いの奥さんが無事に女の子を出産したわけですが、主演女優さんの演技には実感がこもっていませんでした。情が薄い。
 主演男優さんのセリフ、『俺はきっと、一生おまえのこと信じへんで』は、実感がこもっていた。

 映像に出てくる川は、人生の暗示だと受け取りました。汚い川だけれど、きれいという感覚があります。まあ、夜は、川が流れる音がうるさくて眠れなさそうではあります。