2023年11月02日

出川哲朗の充電バイクの旅 北海道大雪山→富良野神社

出川哲朗の充電バイクの旅 北海道大雪山→富良野神社

おいしい秋の北海道!大雪山から“美瑛(びえい)”を通って富良野パワスポ神社へGO!ホトちゃん&朝日奈央も初登場でパワー全開!ですが番組初のハプニングでヤバいよヤバいよ

 北海道ロケというのは単調になりがちです。
 道路がまっすぐで、広大な農地や原野が広がります。
 人が少ない。
 そのかわり、電動バイクは走りやすい。撮影がしやすいという利点があります。
 そんなことを考えながら映像を見始めました。
 こちらの番組は、地元のテレビ局だと(テレビ愛知)、関東地区放送から一か月以上遅れての放送になるので、最近は、TVerで観るようにしています。
 北海道の人たちはこの番組のことをよくご存じです。最近は、北海道ロケが多いからでしょう。
 いっぽう、意外に関西の人たちには認知度が低い。テレビ東京の番組を放送してくれる在阪放送局がないと、以前この番組のディレクターが言っていた記憶です。

 ゲストの朝日奈央さんは、以前、『鶴瓶の巷の話(ちまたのはなし)』で拝見したことがあります。女優さんかと思いきや、十円玉を目や鼻に入れたりされるので、バラエティタレントさんなのでしょう。
 蛍原徹さん(ほとはら・とおるさん)は、番組『アメトーク』でいつも拝見しております。今回の映像を観て、蛍原さんは誠実で、人柄のいい人だとしみじみ思いました。信用できる人です。途中腰痛でリタイアされましたがしかたがありません。尿路結石という病気になると、あのような症状が出るということがよくわかりました。再発しやすいかもしれないので、治療に専念されてください。

 『北海道アイスパビリオン』というところが楽しげでした。とても寒い。演者の人たちは、防寒具を断って撮影に挑まれました。(いどまれました)。濡れたタオルが瞬間的に凍るなどしてとても冷たい世界を体験されました。罰ゲームのようでしたが、番組制作上そうしたほうが良かったのでしょう。スノウライダー(そり)は、すごいなあ。ちびっこはよろこぶでしょう。熊太郎じいさんも、栃木県の山奥にある雪国のようなところに住んでいたことがあるこどものころは、手製の土そり(どそり)で、雪が積もった山の斜面を滑り降りて友だちと遊んでいました。楽しかった。いい思い出です。

 松山千春さんの『大空と大地の中で』という曲が流れました。もう何十年も前ですが、札幌でレンタカーを借りて北海道を回ったことがあります。足寄(あしょろ)という当時の国鉄(日本国有鉄道)の駅の近くで、松山千春さんの家が近くにあると知り、ご本人もお住いのご実家を見に行ったことがあります。玄関のところに大きな看板が据え付けてあって(すえつけてあって)、髪の毛がふさふさの松山千春さんの大きな顔の絵が描かれていました。お父さんがやっていた新聞社の表示もあったような気がしますが、もう記憶が定かではありません。
 周囲を見回して、大きな空も大地も見当たらず、どうやって、『大空と大地の中で』という歌が生まれたのか不思議だったことを覚えています。

 旭川空港の話が出ます。搭乗して離陸した体験があります。飛行機を使えば北海道は近い。感覚的に北海道は、東京圏です。

 谷川ディレクターは31歳で、実は、朝日奈央さんのことが好きなんだなあということがわかりました。
 谷川ディレクターは、いくぶんドジです。土方(ひじかた)ディレクターほどではありませんが、行動があいまいで、ぼーっとしたところがあります。きちょうめんではありません。充電バイクのバッテリーを必要な都度(つど)充電しないので、肝心な(かんじんな)ときに、バッテリー切れて置いてきぼりになってしまいます。

 北海道の人たちはみなさん親切です。
 新子焼き(しんこやき)という若鶏(わかどり。ニワトリ)のモモを焼いた料理が大きくておいしそうでした。孫たちに食べさせてやりたい。

 蛍原徹さんが、ドラマ『北の国から』のファンだということは以前から知っていました。
 出川哲朗さんは、リアルタイムにドラマを観ていた世代で、蛍原徹さんは、再放送で観た世代だそうです。
 熊太郎じいさんは、リアルタイムで観た世代です。
 同じ時間帯で、山田太一作品ドラマ『想い出づくり(おもいでづくり)』が先行で放映されていた記憶で、わたしは、『想い出づくり』を最終回まで観て、そのあと話の途中からの『北の国から』を見始めました。まだテレビ番組録画機能のある機器がある時代ではありませんでした。
 山田太一作品ドラマ『想い出づくり』もいいドラマでした。偶然ですが、今こうしてノートパソコンを叩いている机の前にある本棚に、『想い出づくり』の本が立ててあります。脚本の本です。シナリオ文学本といいます。『想い出づくり 山田太一 大和書房(だいわしょぼう)』 1982年(昭和57年)の発行になっています。帯には、『台詞(せりふ)のむこうから三人の娘たちの「青春」の息づかいが聞こえてくる』と書いてあります。
 二十四歳の三人の女性の結婚について書いてあるドラマでした。音楽も良かった。ジョルジュ・ザンフィル、小室等とあります。出演は、佐伯のぶ代(森昌子)、吉川久美子(古手川祐子)、渋谷香織(田中裕子)でした。
 1981年(昭和56年)9月18日から12月25日の放送で、TBS金曜ドラマの連続14回でした。この頃の女性の結婚適齢期は『24歳』でした。
 24歳である三人の若い女性が結婚について思い悩むのです。自分は男ですが、同じような年齢だったので実感がありました。当時は、『北の国から』よりもこちらの『想い出づくり』のほうを優先して見る人が多かったような気がします。
 『北の国から』は、両親の不倫と離婚が素材になっていて、小さなこどもふたりが(純と蛍)が泣く思いをするのですが、たまたま最近読み始めた本がこどもさん向けの『だいじょうぶ!親の離婚 ケント・ウィンチェスター ロベルタ・ベイヤー著 高島聡子 藤川洋子・訳 本山理咲(もとやま・りさ)・装画 日本評論社』で、読み終えたらまた感想をアップしてみます。最近は離婚するカップルが増えました。こどもたちも大変です。

 さて、充電バイクの番組のほうは、充電先として、学校職員さんの家に当たりました。いい家に当たりました。小学生の娘さんは賢い(かしこい)。しっかりしています。いまどきの小学生はタブレット端末機で勉強するのです。ジジババはついていけません。

 北海道美瑛(びえい)あたりの風景は、花がきれいです。いろんな色をした花が咲き広がっています。
 夕映えの光景もきれいでした。

 出川さんが蛍原(ほとはら)さんに、夫婦関係を良好に保つためには、夫は自分のことをていねいにやって(洗濯物は自分でカゴに入れる。けして、そのへんにほったらかしにしない)、妻に負担をなるべくかけないように気を使わなければならないとアドバイスを送ります。ごもっともです。男は威張っていると(いばっていると)、カノジョに捨てられます。

 蛍原さんが腰痛でロケ車に乗り込むときに見えたのですが、スタッフの中にきれいな女性がいるのだなあということがわかりました。
 
 最近亡くなった谷村新司さんの歌が流れました。もう何十年も前ですが、沖縄のホテルのロビーにあるコーヒーを飲むところで、自分が友人待ちのためにひとりで座ったボックス席の目の前のボックス席に、谷村新司さんがひとりで座っておられたのを見かけました。
 お互いに目が合って、自分はすぐには気づけなかったのですが、谷村さんは、威圧感のある目つきをされていました。その後、スタッフの方が来られて打ち合わせのようなことをされていました。谷村新司さんは、ずいぶんと胸板の厚い(あつい)方(かた)でした。あのようながっちりした体形の方でも早くに亡くなるのかと不思議です。(74歳でお亡くなりになりました)
 谷村新司さんや加山雄三さんが歌っていた『サライ』という曲は、自分も好きな曲でよくカラオケで歌いました。サライの意味は、「ふるさと」だろうと思いながら歌っていましたが、どうも別の意味のようで、「宿」だそうです。でもやっぱり、「ふるさと」のほうがぴったりきます。

 次回の放送は、『安心してください、はいてますよ』の、とにかく明るい安村さんとバラエティタレントの井森美幸さんで、場所は青森県内、十三湖から八甲田山だそうです。熊太郎じいさんも八甲田山には二度行ったことがあるので放送が楽しみです。

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