2017年03月12日

祐介 尾崎世界観

祐介 尾崎世界観(おざき・せかいかん) 文藝春秋

 本のカバーは、真っ赤かです。
 帯を読むと、アルバイトをしながらバンドマンをする「尾崎祐介が尾崎世界観になるまで」と書いてあります。力強さに惹かれて読み始めました。

 前半、暗く、不潔で、嫌悪感をもちました。
 途中から良くなる。
 後半は、再び暗い気分になって終わりました。

 以下、その経過です。

 文章が独特です。良いとはいえない。読みにくいとはいえる。
 こどもの頃、ろくでもない父親が姉と自分を動物園に連れて行ってくれた思い出を悲しきこととして、両親の不仲もからめて書いてあります。ゆがんだ思想の原点です。
筆力に迫力があります。怖さが増強していく。

 虚無感や、やる気が失せる後退感覚が伝わってきます。青春を扱った過去の同類作品複数が頭に浮かびます。
 なにかがプラスで、なにかが欠けている文章です。創作物の下地として、欠けているのは、その土地の様子、それから、家並み、暮らしの雰囲気です。

 スーパーでのアルバイト風景は現実的です。作者の体験が基礎にあるのでしょう。
愚痴が続きます。
 音楽では飯が食えない。わかりきっていることです。それを割り切れずにしがみついて貧困どん底生活に浸っているとしか思えない世界です。もう、読むのをやめようか。

 79ページあたりから雰囲気が良くなる。夢が生まれて、主人公は東京から京都を目指す。
 ミュージシャンを目指す者は、夜行バスで移動して、サウナに泊まって、各地のミニステージで歌を披露する。女子も同様です。
仕事帰りの繁華街のミニステージで、そんなコメントをしていた自称歌手の若い女子の姿を先月見かけました。それと似たようなことが書いてあります。

 深い底(闇)に吸い込まれていく(転落していく)、イヤな気分があります。未来が暗い。
 また、過去も暗い。暗い境遇の者たちが、音楽でそれを表現しようとしている。表現して、自己の存在を確認しようとしている。

 120ページ付近で、筆記力として、力が尽きた感あり。以降は流し読みでした。

 ところどころ色彩を感じる文があった。

わからなかった言葉として、「選民主義:自分たちは選ばれた優秀な存在、他者は下の存在」、「PA卓:楽器の音を調整する装置の机」、「眼窩:がんか。眼球の入っているくぼみ」、「白井恵:しらいめぐみとふりがなをふる意味が不明」

良かった表現として、「ここで何か起きているのか」、「(ポンさんの言葉として、主人公を指し)逃げている」、「これからについて考えた」、「(スーパーの多賀さんの語りにエネルギーがあった。作者はそこが言いたい)、「もう音楽をやめようと思った」

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