2026年01月29日

青い山脈 邦画2本

青い山脈 邦画2本

 宴会で、青い山脈の歌はよく歌いましたが、映画は観たことがありません。
 歌うときはいつも合唱になりました。
 昔は、カラオケはなかったので、みんなで手拍子(てびょうし)をしながら歌っていました。
 歯切れが良くて、リズムがある、なかなかいい歌です。歌詞も曲調も歌いやすい歌です。

 これまで何度も映画化されています。
 1949年(昭和24年)、1957年(昭和32年)、1963年(昭和38年)、1975年(昭和50年)、1988年(昭和63年)です。
原作は、石坂洋次郎作品の小説です。
 ラブレターで、「恋しい、恋しい」を「変しい、変しい」と誤って書いたところが有名です。(わたしが小中学生のときに、先生がそんな話をしてくれたのを思い出しました)
 ラブレターが発端(ほったん)となって、ドタバタ騒ぎが起きます。
 第二次世界大戦の敗戦で、意識改革が求められて、男尊女卑の日本社会と学校で、女性たちががんばります。

 最初は、吉永小百合さんが主演で女子高生を演じる1963年(昭和38年)の作品を観ました。
 次に、原節子さんが主演で先生役を演じる1949年(昭和24年)の作品を観ました。
 原作は同じ本ですが、映画は作品によって、時代背景などを考えて、主演を変えたり、学校制度を変更したりしてありました。
 原節子さんの作品は、本編と続編というような表示がしてあったのですが、映像は連続していてひとつの作品にみえました。
 吉永小百合さんの作品はカラー映像で、原節子さんの作品は白黒映像でした。

青い山脈 1963年(昭和38年) 1時間33分 動画配信サービス
監督:西河克己
俳優:吉永小百合、浜田光男、田代みどり、高橋英樹、藤村有弘、北林谷栄(きたばやし・たにえ)、左卜全(ひだり・ぼくぜん)、芦川いづみ、南田洋子、二谷英明

 昭和30年代の風景があります。
 自家用車は一般的ではありませんでした。
 自転車の三角乗りというのをこの時代のこどもたちは体験しているのですが、その大きくてがっちりした自転車が何度も出てきます。
 吉永小百合さんは、原付バイクを運転しています。(そういえば、テレビで、原付バイクの生産が終わると聞きました)

 道路は舗装されていません。土のままです。雨が降れば泥道だった記憶です。砂利が敷いてある道もありました。

 吉永小百合さんが若い。
 クラスの女子のなかで対立があります。(女子校です。高校生です)
 いじめみたいなこともあります。
 
 お城のシーンは、滋賀県にある彦根城だそうです。(わたしは、彦根城を何度か訪れたことがあります。お城は小さいのですが、お城のまわりが広大で立派です)

 映画の中の日本人たちは、みんなまじめです。
 
 戦後の話が出ます。
 理屈っぽい面もあります。

 昔は、教師は、「神」でした。
 さからえなかった。
 教師は、強い権力を持っていました。

 ラブの話もありますが、言葉の表現は古い。
 接吻(せっぷん。キスのことです)という言葉がときおり顔を出します。
 
 人間同士のぶつかりあいは、体当たりで激しい。

 タバコシーンがいっぱいです。男も女もタバコを吸います。
 PTA役員会とか、PTA会長とか、校長とか、学校モノの内容です。
 
 途中、疑似実況中継があるのですが、以前観た、「キューポラ―のある街」という映画での男子小学生ふたりによる実況中継が絶妙でおもしろかったことを思い出しました。

 歴史のビデオを観ているようでもあります。

 婦人が男を殴るのです。
 暴力シーンもありますが、基本はコメディです。
 みんな元気がいい。
 観て良かった。

 わたしの親世代が観た映画です。
 この映画を観たときに若かった世代は、今だと90歳前後だと思います。
 自分の親世代の青春時代を知る映画でした。


青い山脈 1949年(昭和24年) 最初に93分のものがあって、連続して、續青い山脈84分という構成でした。動画配信サービス
監督:今井正
俳優:原節子、小暮美千代(こぐれ・みちよ)、池部良(いけべ・りょう)、若山セツ子、藤原鎌足、花沢徳衛(はなざわ・とくえい)ほか

 映像を見ながら日本史をふりかえるようです。
 わたしが乳幼児、小学校就学前に観たような風景が白黒映画で放映されます。
 思えば、家に水道はなかった(井戸でした)、ガスもなかった(薪(まき)とか、練炭、豆炭、石炭もあったような。クド(釜戸かまど)がありました。七輪(しちりん)も利用していました。ごはんは、お釜でたいていました)、電気はきていたけれど、よく停電しました。停電した時は、ろうそくの火をつけていました。
 道路は舗装されていなかった。自家用車がもてるようになったのは、昭和40年代後半ぐらいからでした。当時は、時速100キロを出せる車はあまりなかったような記憶です。
 自転車、原付バイクを利用する人が多かった。高校はバイク通学可でした。いなかだったので、バス路線やバスの本数が少なかったので、バイクでないと高校へ来ることができない生徒がけっこういました。

 さらに中学生のときを思い出すと、「町外私服禁止」という中学校の規則がありました。
 中学生は、住んでいる町の外に出かけるときは、制服姿でないといけないのです。私服はだめなのです。
 中学生男子は、当然丸坊主頭でした。
 それでも、規則に従っていました。
 そんな時代がたしかにありました。

 先生役である原節子さんが黒板に書いた漢字がとてもきれいで感心しました。ご本人が描いたのではないのかもしれませんが、たいしたものです。

 物語は、戦後間もなくの頃であり、主題は、戦前の国家優先主義(一部のもとからいた女子生徒たち)VS話し合い多数決の民主主義(転校してきた女子生徒)という構図で、最初は、生徒同士の争いだったのが、教職員や学校の理事会まで巻き込むというふくらみかたになっています。
 理屈っぽいところもありますが、当時の人たちは、まじめです。物事を真剣に考える姿があります。
 
 教室という狭い空間にいる生徒の数が多すぎます。生徒同士がお互いに息が苦しくなります。
 下級生とか上級生とか、上下関係があります。
 男とか女とか、戦後に変化した男女関係があります。
 映画には、男女の恋愛話もたくさん織り込んであります。
 戦前は、男女が並んで歩くことは、ふしだらなことだった。
 結婚は見合い結婚で、親が見つけてきた見合い相手と結婚させられていた。相手がどんな人間かも知らずに女は結婚していた。経済的に生活ができればそれでよしだった。

 原節子さんは、背が高くて美しい人です。
 
 黒板に書かれている文章は、カタカナ混じりです。時代を感じます。
 『愛校の精神』が強調されます。
 戦争に負けて、社会でのものの考え方が変わっていく途中のようすです。
 『悪い伝統を変えていく』ということが強調されます。
 
 家族と一緒に動画配信サービスの映像を観ながら、あの人はだれそれ(俳優名)だと、けっこう話が盛り上がりました。

 アルマイト(金属。アルミ加工)の弁当箱を新聞紙で包むシーンが出ました。
 そういえば、弁当箱を新聞紙で包んでいたなと思い出しました。

 古い映画を観ていると、認知症の予防になりそうです。脳みその奥底に埋もれていた記憶が、あざやかによみがえってくることがあります。


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