2026年04月16日

どのみちぺっこり 飯尾和樹(ずん)

どのみちぺっこり 飯尾和樹(ずん) PARCO出版

 ずん飯尾さんで思い出すのは、出川哲朗の充電させてもらえますか?のワンシーンです。
 2024年(令和6年)2月の番組でした。

出川哲朗の充電バイクの旅 湘南を横断して、横浜アリーナへ 還暦SP! TVer(ティーバー)
哲朗祝還暦SP!思い出の湘南横断!絶景の相模湾沿いから目指すは横浜アリーナ!ずん飯尾と岡田結実(おかだ・ゆい)が祝福走!幸せすぎてヤバイよヤバイよSP

バイクに乗りながらの飯尾さんの失恋話が良かった。もう遠い昔、若い頃の話でしょう。
 神奈川県鎌倉あたり、材木座という海岸で、付き合っていた女性に、『もう待てない』と言われたそうです。
ふたりで生活して行くだけの収入がなかったので結婚は無理だったそうです。

 飯尾さんはそのあと、かなりの長距離を歩いて自宅まで帰って、クタクタになって、疲れ果てることで、失恋のショックを克服できたそうです。
そんな話が良かった。(女性と別れたあと、ずん飯尾さんはその女性と結婚されています。周囲が気を使って結婚話をまとめてくれたそうです)(この本の50ページにそのときのことが書いてあります。驚きました。鎌倉から東京都内の自宅まで、3泊4日で野宿をしながら歩いて帰宅されています。途中、警察からも声をかけられています。著者は、歩く人です。別の状況のときも、お金がないときは、歩いていたそうです。びっくりしました)

 飯尾さんが出演された原作小説と映画は次の作品でした。

沈黙のパレード 東野圭吾 文春文庫

 映画のほうは、動画配信サービスで観ました。

ずん飯尾和樹さんが、劇中で、殺された娘さんの父親役を好演されていました。なかなか良かった。

こちらの本は、3つの章でできています。
27本のエッセイがあります。
まずは、ざーっと最後までページをめくってみました。

バーター:出演者についての交換条件。だれかとだれかをセットで出演させるとか。有名人+無名人

 相方のずんやすさんも出川哲朗の充電させてもらえませんか?で見ましたが、北海道ロケで、運転免許証を忘れて来て、自転車で回られましたが、とんだ失態でした。

 飯尾さんは、東京生まれ東京育ちの江戸っ子で、両親は東京都内区役所職員です。共働き家庭ですな。
 プロ野球はヤクルトファンで、自分と同じく小柄だった若松勉選手が好きだったそうです。

 お調子者みたいな感じのギャク文章です。

 小学生だったころの思い出話が続きます。
 授業を受けることは、苦手で苦痛だったそうです。
 お笑いが好き。
 「オレたちひょうきん族」、「8時だよ!全員集合」、「笑点(しょうてん)」と好きだった番組が続きます。
 今もギャクとして使用している言葉遊びのおもしろさには、小学生のときに目覚めたそうです。
 
 落語のオチのようにつくられたエッセイ集です。

 母親に、「お金貸してね」の電話をかける著者です。
 いつもかけているので、オレオレ詐欺の電話がかかってきたときに、お母さんは自分の息子ではないとすぐに判断できたそうです。

 著者は、聖人君子(人格が立派。理想の人)ではありません。
 いろいろ親不孝に思える行為もされています。
 お母さんはそれなりに、じょうずに息子さんをコントロールされています。

 仲がいいのは、キャイーンのウド鈴木さんとか天野さん(28年ぐらいの付き合いだそうです)、相方のやすさんです。
やすさんとコンビを組んだのは31歳のときだったそうです。
ふたりともリンスとリンス(洗髪料)だったので、泡が立たなかったそうです。
 ときおり、おふたりとのおもしろ話が出てきます。

「マイスタイル 編」
 高校時代、バレー部員だったことのお話が書いてあります。
 
連帯責任:丸坊主です。昭和の時代にはありましたなあ。

初台(はつだい):渋谷区北部。明治神宮西北。新宿駅西南

 売れなかった頃、床屋さんがタダで理髪をやってくれたそうです。
 ウド鈴木さんもおなじ床屋さんに通っていて、今のヘアスタイルはそこの店主の発想だそうです。
 昭和の時代の人たちの人づきあいがあります。床屋代金はいらない。気持ちで動くのです。
 テレビに出るようになってから散髪代を受け取ってもらえるようになったそうです。
 
 山寺宏一さんのミュージカルに出たことがあるけれど、著者は歌がうまくないそうです。音程に自信がありません。ただそれが笑いにつながるそうです。山寺宏一さんに、「君は、お金になる声をしているよ」と励まされたそうです。おもしろい。

 毒のない軽い芸の連発があります。それが、著者の個性です。

 出川哲朗の充電させてもらえませんか?のために原付の免許をとった。乗用車の運転免許はないようです。

 わたしの記録だと、充電バイクの番組出演は、次のときでした。

2025年6月
テレ東系旅の日SP 鳥取県大上山神社奥宮(おおがみやまじんじゃおくみや)→岐阜県郡上市郡上八幡城(ぐじょうはちまんじょう)
タスキをつないでニッポン横断50キロ!鳥取“霊峰大山(だいせん)”から岐阜“郡上八幡城(ぐじょうはちまんじょう)”へ!充電旅が目指すは“鳥取砂丘”なんですがずん飯尾と長嶋一茂が大暴れ!ヤバイよヤバイよ 1区から3区まであります。1区の充電バイクチームのゴールは、鳥取砂丘です

ロケ中、今回、出川哲朗さんと再会しましたという人が、おふたり登場しました。
 おひとりは、サッカーのコーチで、その方が中学生だった時、沖縄への修学旅行中に出川哲朗さんと出会ったそうです。縁がありますなあ。今回は、こどもたちと、ずんの飯尾さんが名付けた、『FC充電(フットボールクラブ充電)』とで、少年サッカーチームとPK戦(ペナルティキックの戦い)をやりました。おもしろかった。
 
2024年(令和6年)5月の「東野&岡村の旅猿」にも出演されていました。
東野・岡村の旅猿25 函館でイカ食べまくりの旅
 ゲストは、ずん飯尾和樹さんです。
 ずん飯尾さんは先日出川哲朗さんの充電させてもらえませんか?に出ていたし、その後、動画配信サービスの邦画、『沈黙のパレード』で、娘が殺害された父親役で好演技を観ました。今回は、北海道ロケです。

2024年(令和6年)2月のときの記録です。
出川哲朗の充電バイクの旅 湘南を横断して、横浜アリーナへ
哲朗祝還暦SP!思い出の湘南横断!絶景の相模湾沿いから目指すは横浜アリーナ!ずん飯尾と岡田結実(おかだ・ゆい)が祝福走!幸せすぎてヤバイよヤバイよSP

 バイクに乗りながらの飯尾さんの失恋話が良かった。もう遠い昔、若い頃の話でしょう。
 材木座という海岸で、付き合っていた女性に、『もう待てない』と言われたそうです。
 飯尾さんはそのあと、かなりの長距離を歩いて自宅まで帰って、クタクタになって、疲れ果てることで、失恋のショックを克服できたそうです。そんな話が良かった。

 本の感想に戻ります。
 内容は、たわいのないお話が続きます。
 業界の話が興味深い。
 仮押さえのような予定が入るのですが、それがどんどん減っていくそうです。キャンセル料はもらえません。
 
 著者の祖父は商売人だったそうです。
 それを観て育ったそうです。
 「ありがとうございます」と「すいません」が言えれば、生きていけるというような話があり、納得しました。

大井町ギグレット:カフェのことです。

「お笑い 編」
 「自分を過大評価している人がいるんですよ」
 偉そうにしている人のことだそうです。
 わたしがテレビで初めてずん飯尾さんを見たときは、芸人さんではなく、芸能事務所の社員さんかと思いました。本にも似たようなことが書いてあります。

 若手の頃は、仕事がなく、当然お金もなく、それでも自分の自由にできる時間はたくさんあったそうです。
祖父が亡くなったあとの祖父の家に自分と後輩たちと5人で住んでいたそうです。家賃は無料です。
 レンタルで映画を借りて来て見ていた時間が長かったそうです。
 
 芸能界での付き合いとして、藤井隆さんと草彅剛さん(くさなぎ・つよしさん)は優しいお人柄だそうです。

 お笑いの笑わせ方として、ネタがすべってもすべっても、ひたすらネタを撃ち続けることが、成功につながるそうです。そのうち、いつか、当たるそうです。当たって、笑いが生まれるそうです。

 後悔:「やらなかった後悔」はひきずる。やって、後悔するほうが引きずらない。
 失敗は責めない。なにもしない自分を責めるそうです。(なるほど)

 こどものころから、「お笑い」が好きだった。
 「仕事」として、「お笑い」しかできない。「お笑い」以外の仕事はできない。
 だれしもそういうものです。
 自分は、これしかできないから、この仕事をしているということはあります。
 それが、仕事を選択するときの基本です。
 そして、続けるのです。ずーっと続けるのです。

 174ページあたりを読むと、みなさん、自分のまわりにいる人たちに気をつかっています。
 
 読み終えました。
 お金がないという話が多かった。
 つまりは、お金のためだけに、お笑いの仕事をしているわけではないのです。  

Posted by 熊太郎 at 18:02Comments(0)TrackBack(0)読書感想文