2026年04月04日

老いてきたけど、まあ~いっか。 野沢直子

老いてきたけど、まあ~いっか。 野沢直子 ダイヤモンド社

野沢直子さん:1963年生まれ。この2022年に発行されていますから、本をつくった当時は、59歳ぐらいです。2026年の今だと、63歳になられる年ですな。
 米国サンフランシスコ在住で、年に数回帰国してテレビに出たりするそうです。
 渡米してからもう三十年もたつそうです。長いですなあ。

 さて、読み始めます。

「はじめに」
 素直な文章です。
 いつの間にか、子育ても終わっていて、還暦が目の前になって、疎外感を感じるときがある。

「第一章 見た目も中身も劣化問題について」
 顔や姿の老化について書いてあります。
 強調されていることです。

①物忘れがひどい。(わたしも同感です。特に、人名、地名、店名などの固有名詞が出てきません。
 何かしているときに、「あ、あれもやらなきゃ」と思い立って別のことをしてしまう。
(わたしは、立ちあがって、家の階段を上がって、2階に着いたら、自分が何をしようとしていたのかが、思い出せない時ってあります。たぶん、歳をとるとだれしもそういうことがあります)

②感性が鈍ってきている(にぶってきている)。

③(とくに)顔の見た目が良くなくなってきている。
 スタジオのモニターに映ったご自身の顔が、魚のフナに見えたそうです。
 ほうれい線が濃くなった。ほうれい線:鼻の横から、口にかけて伸びる線。溝、たるみ。

 不思議なつくりの本と文章です。
 文章の途中に、大きな字の文章が入ります。
 なんだろう? 普通の大きさの文字と大きな文字とは、文章としてつながっていません。変なの。

 川の水が流れるように言葉が続いていきます。
 黒柳徹子さんのおしゃべりみたいです。
 上沼恵美子さんのようでもある。

 女性向けに書かれた本ですなあ。
 美容の話とか、お洋服選択のお話しがあります。

コンサバティブ:保守的な、控えめな、無難な。

 50ページに書いてあることは、わたしにも覚えがあります。
 若い時は、悩んでいる人に寄り添うそうな言動をしていました。素直な気持ちでそういう行動をしていました。
 歳をとってからは、寄り添うことがめんどくさくなりました。
 「今それを相手に言ってはいけない」「ここで言ってはいけない」ということが、歯止めできなくなりました。気がついたときには、言ってしまっています。これも老化なのでしょう。
 負担をかけられたくない。自分のことは、自分で考えてやってくれという態度になってしまいました。
 それだけ、心身の状態に余裕がなくなったのでしょう。自分は自分で、自分のことでせいいっぱいなのです。
 
 著者は、そんなこんなを、「老い始め」と定義します。
 だれにでも、「老い始め現象」がやってくるとメッセージを出しています。
 
「第二章 もう、良性のわがまになろう」
① やりたくないことはもうやらない。会いたくない人にはもう会わない。
② 私の人生は私のためにある。

 理屈っぽい74ページあたりです。
 老年期の過ごし方のマニュアル(手引き)になっています。
 心の豊かさがみられません。
 お金がある人だからできる生活です。
 高齢者はたいてい体のどこかが壊れています。心もすぐれないことも多い。
 親や義父母の介護という仕事がある人にとっては、やりたくないことはやらないというわけにはいきません。切りたくても切ることができない人間関係があります。

③ いい顔をしていると、人に利用される。
④ 利用されるぐらいなら、嫌われてもいい。(きらわれてもいい)

 以前読んだ著者の本があります。
 『笑うお葬式 野沢直子 文藝春秋』
 ハチャメチャなお父さんのお話でした。
 ろくでもないオヤジさんです。80歳過ぎで亡くなっていますが、ご家族のご苦労、お察しします。
 こちらの本でも、90ページからそんなお父さんの話が始まります。
 「……家庭をまったく顧みず(かえりみず)、好き勝手に生きてきた人だった……」
 お父さんは、通算4回結婚していた。結婚関係がない女性もいたし、こどももいたそうです。まあ、メチャクチャです。外国人女性もからみます。父親には、家庭が3つぐらいあった。

 義理の父母とうまくいかないときは、関係を切ればいいというアドバイスがありますが、婚姻中で、姻族関係があるから、法律上はできないと思います。

 99ページにドリフターズの「8時だヨ!全員集合」の話が出ます。
 先日は、志村けんさんといかりや長介さんの本の感想を書きました。
 あの昭和の時代に居た人たちの思いがいろいろ重なります。

 第二章はなんだか、宗教の教祖のメッセージを聞いているような雰囲気がありました。

「第三章 私たちが老人になった時の介護のこと」
 う~む。著者は介護体験がなさそうな内容の書きぶりです。
 介護保険とか、地域包括支援センターの知識もなさそうです。
 実体験がないと、高齢者介護のことは書きにくい。精神論になってしまいます。
 著者の母親は、糖尿病からの脳梗塞のために54歳で亡くなっておられ、お父上もアルコール依存症からの肝硬変で、介護が必要になる手前で亡くなっています。

 あと不思議なのは、ご自分が90歳ぐらいまでは生きていられると信じ切っておられます。
 わたしはこれまでに、おもに癌で、突然のように命を中断された方たちの本をたくさん読みました。
 明日は我が身です。
 自分は長命だろうと過信しないほうがいい。亡くなった方たちの手記には、自分は長生きできると思っていた。(癌の宣告を受けるのは)自分以外のほかの人だと思っていたとありました。

 親の介護についてです。介護をする立場の者にとっては、介護される人に、自分の時間を奪われるという損失が生じます。かなりきつい思いをすることになります。きれいごとばかり言っていたら発狂しそうになります。
 そのために介護保険制度があります。遠慮なく利用すべきです。他人に助けてもらいます。ヘルパーさんを利用します。

 老いて、こどもに自分のおむつを替えてもらうようになりたくないと強く主張があります。
 あきらめてください。
 最初は抵抗があっても慣れます。あきらめるしかないのです。
 長生きをするということは、そういう体験をするということです。

 介護費用のことも負担になると、いろいろ書いてあります。
 基本的には、年金の範囲内で費用がおさまるように考えるのだと思います。
 あとは、親自身も含めた親族一同で話し合いをして足りない分は分担して負担することになると思います。

 著者が、貯金が0というのは、信じがたいことです。
 そんな人が、アメリカ合衆国と日本を航空機で行き来できるとは思えないのです。
 借金があるのだろうか。
 それにしても、不用心です。
 ある程度の貯蓄は必要です。

 著者のご主人は病院で働いているそうなので、力になってくださるでしょう。
 夫婦は仲良しが一番です。

 ご自身が自然分娩で出産をされた体験記があります。
 痛みはあるけれど、次の出産のときには痛みを忘れられたから次の出産ができたというような話です。
 同じように、死ぬときには、「脳内モルヒネ」が出て、痛み止めの効果があるようにやすらかに死んでいくことができるというお話があります。

 「第四章 人生二回目を遊ぼう」
 終わりの人生を楽しみましょうと提案されています。
 「……もう背負って養う家族もいないし、結果を出さなくてもいいのだ……」(そういう立場にある人なら楽しめるでしょう。ただ、なかなかそういう人はいないのです)
 手法として、SNSで発表する。(なるほど)
 94歳になる女性カメラマンのお話が書いてあります。

「第五章 老いに向き合う」
 自慢話が続いて読むのがしんどい第五章でした。
 59歳で、もう両親はこの世にいない。こどもは自立した。
 自由を手に入れた著者です。
 
 締めとして、59歳の人たちに向けて書いた内容の本だそうです。
 趣旨は、60歳以降の人生を自分のために楽しみましょうという内容でした。
 ゆえに、本のタイトルは、「老いてきたけど、まぁ~ いっか。」なのです。  

Posted by 熊太郎 at 09:32Comments(0)TrackBack(0)読書感想文