2026年04月13日
いつか読書する日 邦画 2005年
いつか読書する日 邦画 2005年(平成17年) 2時間7分 動画配信サービス
監督:緒方明
俳優:田中裕子、岸部一徳、仁科亜季子、渡辺美佐子、上田耕一、杉本哲太、鈴木砂羽(すずき・さわ)、香川照之、左右田一平(そうだ・いっぺい)、神津はづき、(こうず・はづき)、江口のりこ
もう25年ぐらい前の映画ですが、初めて観ました。
こういうことってあるだろうなあ。
若い頃も今も、相思相愛だけれど、いろいろ親族がらみの事情があって(今回の場合は、不倫をしていた親同士が交通事故死したという設定です)、(そのふたりの子ども同士は)結婚までには至れなかった。
男は結婚して、女は未婚をつらぬいて50代を迎えている。
男の妻はがん闘病で亡くなる。妻は、夫の気持ちを知っていた。妻は亡くなる前に、女を呼んで、自分が死んだあとは、残された夫と暮らしてほしいと自分の気持ちを伝える。
そのような状況でなくても、歳をとってきて、夫が病気で亡くなったあとに、妻は、今までがまんしていたと言い、北海道にいるという初恋の男性に会いに行ってしまったという息子さんの話をラジオで聞いたことがあります。
また、南こうせつさんのお父さんが亡くなった時に、おかあさんが、「本当は好きじゃなかった」と言い、こども一同、あ然としたという話を番組「徹子の部屋」で、南こうせつさんが話しているのを聞いたこともあります。
淡々とした日常説活が続く、いなか町の風景と光景です。
親が親らしいことをしてくれないので、町を放浪する5歳ぐらいの少年がいます。
市役所の福祉課とか、児童相談所の職員が出てきて、この映画は、社会福祉事務所を舞台にした児童福祉の映画であるという感じになります。
さらに、別に認知症の高齢者男性がいて、その人もまた、頭がおかしくなって、町内の細い道を走り回ります。その面では、高齢者福祉を扱った映画でもあります。
ときおり映像に映る本棚には、たくさんの本が並べられています。わたしが知っている本、わたしが読んだことがある本もたくさん並んでいました。
本がいっぱいです。
なんだか、わたしのうちみたいでもあります。
わたしは、夜中に目がさめて、30分ぐらい本を読んでからまた寝ます。その繰り返しの毎日です。
結婚しなかったのはなぜ?
一人(ひとり)に対する気持ちの量が足りないから、結婚できないようです。
人生をふりかえって、
別の生活とか、別の人生があったのではないか……
エロい話も下ネタもあります。人間ですから。
牛乳配達を続ける主人公女性の大場美奈子(田中裕子)さんです。自分以外の女性と結婚してしまったという自分が好きなカレシの家に毎朝牛乳を配達します。彼女にとっての生きがいです。
でも、配達先の男子を好きだという気持ちは、だれにも知られたくない秘密です。されど、男のほうは、その気持ちに気づいています。だけど、男には、病気で死にそうな奥さんがいるのです。
そして彼の奥さんは、ご主人の気持ちに気づいています。
ひとりの男をめぐって、ふたつの、「純愛」があります。
純愛(じゅんあい):相手に見返りを求めない愛情。相手の幸せを祈るいちずな愛情(この場合ご主人)
楽曲「雨の日と日曜日は」がなつかしい。映画では、ポール・ウィリアムズの歌でした。
わたしは中学生のときカーペンターズで聴きました。
あのとき歌っていたカレン・カーペンターも亡くなりました。1983年(昭和58年)32歳没
すさんだ暮らしを送っている家に放置状態となっている幼児2名を収容しようと福祉職員が家庭訪問をします。
上の子が、福祉職員の足につかまって、ママを責めないで!(せめないで!)と訴えてきます。
名作邦画「砂の器(すなのうつわ)」を二十代のときに観たわたしは、警官役の緒形拳さんの行為(放浪する父子を保護して分離させる)を正当なものだと評価しました。(その後、成人した子どもによって、緒方元警官は殺害されます)
歳をとってから「砂の器」を再鑑賞した時に、わたしの判断は正反対に変わりました。緒方警官はしてはいけないことをしました。
どんなにひどい親でも、幼いこどもにとっては、親なのです。
なかなか、分離はできないのです。
こちらの映画「いつか読書する日」はいい映画です。今年観て良かった1本になりました。
「気持ち」を表現する映画でした。
田中裕子さんのセリフで、「カイタ!(岸部一徳さんの名前が、高梨槐多タカナシ・カイタです)」が良かった。高校生時代からの付き合いがあります。敬語で話をするような間柄(あいだがら)ではありません。
長い間、お互いに知らんぷりをしながらも惹かれ合っている(ひかれあっている)関係でした。
病気で、亡くなる前の岸部一徳さんの妻の田中裕子さんに対する言葉です。
「乗り越えてください。しばられないでください。いい夫でした。いい人生でした。(わたしが死んだあとは)残った夫とふたりで新しい生活をつくってみてはどうでしょうか(わたしの願いです。これから死んでいくわたしも救われます)」
純愛だなあ。
人生だなあ。
ロケ地である長崎市の風景が、映像とよく似あっていました。
最後は、不倫をした親の天罰が当たったのかなあとも考えました。考えすぎかもしれません。
それでも、大場美奈子(田中裕子さん)の人生は続きます。
登り階段のシーンが、人生を表して(あらわして)いるのだろうと推測しました。
タイトル「いつか読書する日」の意味について、わたしなりに考えました。
いつか:未来でもあり、過去でもある。
読書:単に本を読むということではなく、静かに淡々と規則正しい日常生活を送ることをいう。
日:過去をふりかえることができるようになった未来の日付の日をさす。
人生山あり谷あり。いいときもあれば、そうでないときもある。
どんなときも、「時間」は淡々と過ぎていく。「時間」は、刻々と時を刻みながら、未来へと人をいざなっていく。いざなう:連れて行く。
喜びはたまにくる。苦しみはけっこうくる。
最後はなるようになる。あなたもわたしも、過去の人になる。消えてなくなる。
いつか読書する日は、人生をふりかえるようになる日をいう。
そう思いました。
監督:緒方明
俳優:田中裕子、岸部一徳、仁科亜季子、渡辺美佐子、上田耕一、杉本哲太、鈴木砂羽(すずき・さわ)、香川照之、左右田一平(そうだ・いっぺい)、神津はづき、(こうず・はづき)、江口のりこ
もう25年ぐらい前の映画ですが、初めて観ました。
こういうことってあるだろうなあ。
若い頃も今も、相思相愛だけれど、いろいろ親族がらみの事情があって(今回の場合は、不倫をしていた親同士が交通事故死したという設定です)、(そのふたりの子ども同士は)結婚までには至れなかった。
男は結婚して、女は未婚をつらぬいて50代を迎えている。
男の妻はがん闘病で亡くなる。妻は、夫の気持ちを知っていた。妻は亡くなる前に、女を呼んで、自分が死んだあとは、残された夫と暮らしてほしいと自分の気持ちを伝える。
そのような状況でなくても、歳をとってきて、夫が病気で亡くなったあとに、妻は、今までがまんしていたと言い、北海道にいるという初恋の男性に会いに行ってしまったという息子さんの話をラジオで聞いたことがあります。
また、南こうせつさんのお父さんが亡くなった時に、おかあさんが、「本当は好きじゃなかった」と言い、こども一同、あ然としたという話を番組「徹子の部屋」で、南こうせつさんが話しているのを聞いたこともあります。
淡々とした日常説活が続く、いなか町の風景と光景です。
親が親らしいことをしてくれないので、町を放浪する5歳ぐらいの少年がいます。
市役所の福祉課とか、児童相談所の職員が出てきて、この映画は、社会福祉事務所を舞台にした児童福祉の映画であるという感じになります。
さらに、別に認知症の高齢者男性がいて、その人もまた、頭がおかしくなって、町内の細い道を走り回ります。その面では、高齢者福祉を扱った映画でもあります。
ときおり映像に映る本棚には、たくさんの本が並べられています。わたしが知っている本、わたしが読んだことがある本もたくさん並んでいました。
本がいっぱいです。
なんだか、わたしのうちみたいでもあります。
わたしは、夜中に目がさめて、30分ぐらい本を読んでからまた寝ます。その繰り返しの毎日です。
結婚しなかったのはなぜ?
一人(ひとり)に対する気持ちの量が足りないから、結婚できないようです。
人生をふりかえって、
別の生活とか、別の人生があったのではないか……
エロい話も下ネタもあります。人間ですから。
牛乳配達を続ける主人公女性の大場美奈子(田中裕子)さんです。自分以外の女性と結婚してしまったという自分が好きなカレシの家に毎朝牛乳を配達します。彼女にとっての生きがいです。
でも、配達先の男子を好きだという気持ちは、だれにも知られたくない秘密です。されど、男のほうは、その気持ちに気づいています。だけど、男には、病気で死にそうな奥さんがいるのです。
そして彼の奥さんは、ご主人の気持ちに気づいています。
ひとりの男をめぐって、ふたつの、「純愛」があります。
純愛(じゅんあい):相手に見返りを求めない愛情。相手の幸せを祈るいちずな愛情(この場合ご主人)
楽曲「雨の日と日曜日は」がなつかしい。映画では、ポール・ウィリアムズの歌でした。
わたしは中学生のときカーペンターズで聴きました。
あのとき歌っていたカレン・カーペンターも亡くなりました。1983年(昭和58年)32歳没
すさんだ暮らしを送っている家に放置状態となっている幼児2名を収容しようと福祉職員が家庭訪問をします。
上の子が、福祉職員の足につかまって、ママを責めないで!(せめないで!)と訴えてきます。
名作邦画「砂の器(すなのうつわ)」を二十代のときに観たわたしは、警官役の緒形拳さんの行為(放浪する父子を保護して分離させる)を正当なものだと評価しました。(その後、成人した子どもによって、緒方元警官は殺害されます)
歳をとってから「砂の器」を再鑑賞した時に、わたしの判断は正反対に変わりました。緒方警官はしてはいけないことをしました。
どんなにひどい親でも、幼いこどもにとっては、親なのです。
なかなか、分離はできないのです。
こちらの映画「いつか読書する日」はいい映画です。今年観て良かった1本になりました。
「気持ち」を表現する映画でした。
田中裕子さんのセリフで、「カイタ!(岸部一徳さんの名前が、高梨槐多タカナシ・カイタです)」が良かった。高校生時代からの付き合いがあります。敬語で話をするような間柄(あいだがら)ではありません。
長い間、お互いに知らんぷりをしながらも惹かれ合っている(ひかれあっている)関係でした。
病気で、亡くなる前の岸部一徳さんの妻の田中裕子さんに対する言葉です。
「乗り越えてください。しばられないでください。いい夫でした。いい人生でした。(わたしが死んだあとは)残った夫とふたりで新しい生活をつくってみてはどうでしょうか(わたしの願いです。これから死んでいくわたしも救われます)」
純愛だなあ。
人生だなあ。
ロケ地である長崎市の風景が、映像とよく似あっていました。
最後は、不倫をした親の天罰が当たったのかなあとも考えました。考えすぎかもしれません。
それでも、大場美奈子(田中裕子さん)の人生は続きます。
登り階段のシーンが、人生を表して(あらわして)いるのだろうと推測しました。
タイトル「いつか読書する日」の意味について、わたしなりに考えました。
いつか:未来でもあり、過去でもある。
読書:単に本を読むということではなく、静かに淡々と規則正しい日常生活を送ることをいう。
日:過去をふりかえることができるようになった未来の日付の日をさす。
人生山あり谷あり。いいときもあれば、そうでないときもある。
どんなときも、「時間」は淡々と過ぎていく。「時間」は、刻々と時を刻みながら、未来へと人をいざなっていく。いざなう:連れて行く。
喜びはたまにくる。苦しみはけっこうくる。
最後はなるようになる。あなたもわたしも、過去の人になる。消えてなくなる。
いつか読書する日は、人生をふりかえるようになる日をいう。
そう思いました。



