2021年06月25日

太川&蛭子の旅バラ路線バス乗継の旅 新潟から東尋坊 再放送

太川陽介&蛭子能収(えびす・よしかず)の旅バラ 新潟県高田城から福井県東尋坊(とうじんぼう)
北陸4県(新潟-富山-石川-福井) ローカル路線バス乗継の旅 ゲスト:遼河はるひ(りょうが・はるひ) 2019年10月放送分の再放送


 以前観たことがありますが、何度観ても楽しい。
 今回見直して、見落としていたところ、勘違いしていたところもありました。

 蛭子能収さんは、顔色がよくありません。白っぽいです。しゃべりはいつもどおりですが、表情が以前よりなくなっています。

 似た者同士の蛭子能収さんと遼河はるひさん語録
①(ギャンブル好きのえびすさん、東尋坊(とうじんぼう)の近くの)競艇場には行ったことがある。
②(えびすさん。太川さんが自撮りをしようとして)うわーっ! (太川陽介さんと遼河はるひさんの)ふたりで撮るの? 「(太川陽介さんが)三人だよ!!」 その前に遼河はるひさんからふたりに、(わたしにとっては、恋愛とか不倫の)ふたりとも対象(者)じゃないわよみたいな言動あり。
③(遼河はるひさんが、宝塚歌劇団を対談後の仕事で)レンコン掘りとか、無人島ロケをやったことがある。自分は宝塚で三番手だった。宝塚歌劇団のトップ(スター)は、きっとそんなことはやらない。(蛭子能収さんが無人島でトイレはどうしたの?)「岩陰で……」遼河はるひさんは、はっはっはと笑います。

 太川陽介さんはいつも真剣にバス路線と時刻調査に取り組んでいます。

 上越市立水族博物館のマゼランペンギンがかわいい。
 南極にいるのが、アデリーペンギンとコウテイペンギン。
 インド洋南部と南太平洋にいるのが、イワトビペンギン
 マゼランペンギンは、南アメリカ大陸の太平洋岸とフォークランド諸島
 フンボルトペンギンが、ペルー、チリあたり。

④(水族館の水槽の底でスキューバーダイビングのかっこうをして清掃している職員を蛭子能収さんが見て)不思議なショーをやってる。
⑤トイレ騒動あり。蛭子能収さんが、手を洗ったあと、ズボンのおしりで手をふくので、ズボンのおしり部分が濡れている。もうひとつは、電動ボタン式の扉で入って、出るときに扉が開かないと大さわぎ。太川陽介さんが何も知らずに力であける。あとで、トイレの中に扉を開けるためのボタンがあったことを知る。

 すごいなあ。日本海の海沿いにある堤防道を歩く三人です。夕映えがきれい。

 富山県宇奈月温泉(うなづきおんせん)では、30年ぐらい前に宿泊したことがあるのを思い出しました。なつかしい。
 三人がなんとか見つけたホテルで、遼河はるひさんが、ベッドにダイビングしたのがおもしろかった。

 宝塚ファンの女子高生が、通学途中のバス車内で偶然タカラジェンヌの遼河はるひさんとそばの席になって、感激のあまり涙していたのに自分もつられてもらい泣きをしてしまいました。なんというか、つらいことがいろいろあっても、生きてて良かったなと思う偶然の瞬間があります。あきらめていた夢がかなったり、美しい景色を観たり、おいしいものを口にしたときなどです。
 極端な話になると、自殺を思いとどまった人が、その後、自分はやっぱり生きていて良かったなと思うことがあると信じています。たしかそんなことを、邦画「男はつらいよ」のなかで、寅さん役の渥美清さんが甥っ子役の吉岡秀隆さんに話していました。

 タカラジェンヌ:宝塚歌劇団の団員の愛称

⑥(蛭子能収さんがバス停名「木下新(きのしたしん)」を)人の名前みたい。
⑦(2時間じっとバスが来るのを待つか、ゆっくり目的地に向けて歩くかの話し合いのあと)遼河はるひさんを「姫」と呼び、蛭子能収さんを「殿」と呼びながら歩く三人連れのようす。
⑧(ギャンブル好きの蛭子能収さんが歩いていて)「麻雀(マージャン)」という大きな看板にかぶりつく。(うれしくて大騒ぎする)
⑨(バスの中で蛭子能収さんが遼河はるひさんの似顔絵を描いたけれど)美しくもかわいらしくもない絵ができあがる。蛭子能収さんの言葉が「なるべく美人に描いたつもり」
⑩(蛭子能収さんがホテルに電話して泊まりの交渉中に)「全室満車?!(満室のこと)」

 いろいろ楽しかったです。
 ふと、蛭子能収さんの言動というのは、バスケットボールマンガ「スラムダンク」に出てくる初期の頃の桜木花道の言動に似ていると思い浮かべました。

(2019年10月のときの感想)
 太川陽介&蛭子能収のローカル路線バス乗り継ぎの旅
 新潟県上越市~福井県東尋坊 テレビ番組
 ゴールである東尋坊の手前20kmぐらいで先へ行けなくなって失敗に終わりましたが、けっこう楽しめました。
 ゲストは、元宝塚の遼河はるひ(りょうが・はるひさん。テレビ番組のしくじり先生で生徒の席に座っていました)さんで、蛭子能収さんと個性が似ていて笑えました。
 いくつかの笑いを振り返ります。
 蛭子さんがトイレのあと、濡れた手をズボンのお尻の部分でふくので、ズボンが濡れていた。
 ふたりが「バス旅ゴールをめざすぞ!の目標達成の意欲」がない。(まあ、ゴールできなくても番組が成立すればいいという考え方はあります。番組は、ひたすら、太川陽介さんの責任感と前進する意欲にかかっています)
 蛭子さんが、出会ったおじいさんと、「ふたりともおなじミサンガ(腕輪)をしている」と盛り上がる。
 蛭子さんが、ボタンを押して入る方式のトイレにボタンを押して入ったあと、トイレから出られなくなる。内側にあるボタンを押さずに、太川陽介さんが、無理やり手でドアを開ける。蛭子さんは、ドアが重いと嘆く。
 蛭子さんも遼河さんも、刺身は食べない。パンとやきそばが好き。
 蛭子さんが、バス停の名称「木下新」を人の名前だと言う。
 蛭子さんの描いた遼河はるひさんの似顔絵において、えくぼが、ほうれい線に見える。
 そのほか、以前鉄道の旅で出会ったヒスイのおじさんと再会する。(縁がある人とは何度でも出会います)
 よく歩きました。日本中の各地に足跡を残すおふたりです。
 遼河はるひさんが、バスの中で、宝塚歌劇団が好きな女子高生にした話が良かった。「人生のすべてで使う根性をそこで(宝塚歌劇団で)使い切った」  

2021年06月24日

おとなの事情スマホをのぞいたら 邦画DVD

おとなの事情スマホをのぞいたら 邦画DVD 2021年公開

 コメディだと聞いて楽しみにして観ました。
 結果としては、雰囲気が暗かった。ブラックユーモアです。
 
 登場するのは、三組の夫婦と一人の独身男性で、合計七人です。

 六甲絵里:鈴木保奈美 精神科医 娘がひとり
 六甲隆:益岡徹 美容外科医

 園山薫:常盤貴子 パート主婦 こども三人
 園山零士:田口浩正 弁護士補佐事務職

 向井杏:木南晴夏(きなみ・はるか) 獣医
 向井幸治:渕上泰史 カフェレストラン雇われ店長

 小山三平:東山紀之

 テーブルを囲んでの食事風景です。
 ひとりの提案で、各自のスマホをテーブルの上に置くことになります。
 スマホに着信があったら周囲に公開でスマホに出ます。
 なにもいやしいことはない。隠し事はないということを全員の前で証明するのです。
 
<登場人物たちがスマホを鞄から出したときにふと思い出したことがあります。複数の携帯電話を持っている人は浮気をしていると聞いたことがあります。だから、人には見られたくないスマホは隠して、だれに見られてもいいきれいなスマホを出すという手段もあると。(このことは映画では出てきませんでした)>

①転職とトランスジェンダーの話(生まれた時からの性の不一致)
 ウソにのっかるという話の展開ですが、これからどうなるのだろうか。
 コントか漫才のようです。おもしろい。
 この日に、たまたま読み終えた本が「兄の名は、ジェシカ」というトランスジェンダーの本だったので、本の内容とこの映画の内容が重なりました。
 ややこしい。
 映画を観ていて、ふと、この話は、なにがおもしろいのだろうと思う瞬間がありました。
 性の不一致を隠さずに公開すると、この話は成り立たなくなります。
 この映画もタバコシーンがあるのか…… ふーっ。(ストーリーの流れとしてどうしても喫煙シーンを設定しなければならないようになっています。なにか、映画製作にあたって、補助金とか助成金をもらうときに、たばこ税収入を確保するために必ず喫煙シーンを入れなさいというような条件でもあるのだろうか。それぐらい疑うように、ほとんどの日本映画には喫煙シーンが入れてあります。禁煙健康社会が浸透している今、異常な感じがします)

②なにかを、はいてる、はいてないの話が出ます。

③妊娠話
 暗い話が続きます。ブラックユーモアです。(道徳やタブー(してはならない決まりごと)にふれる。陰気、陰湿)

④奥さんが、ムカつきます。
 舞台劇のようです。

⑤ご懐妊と不妊治療の話
 こんがらがっています。だからといって「もう帰るわ」という話にはならない。

⑥メールで興信所から報告が届きます。
 どんどん暗くなります。どう結末をもっていくのだろう。最後は明るくまとめるのが物語の定番です。
 『世界中、勝ち負けばかり…… もう、やめよう』

⑦役者さんの演技力に助けられている脚本です。
 どうしたらいいのか(笑うしかない)
 ここで、タバコシーンがどうしても必要だったわけね。暴力事件発生です。
 細かい話です。

 後半は理屈っぽい。
 大型台風に被災して、三日間閉じ込められて、助け合ったメンバーなのか。あとひとりはだれ?(ここには書きません)

 そういうおさまり方をするのか。
 先日別の映画を観たときの感想ですが、この映画にも共通します。
 不条理なこと(あるべき姿に反していること)、理不尽なこと(避けることが無理な圧力に屈すること)、不合理なこと(理屈にあわないこと)に折り合いをつけて生きていくのがおとなの世界です。
 おとなの事情は、おとなの世界でもあります。
 「思い出」で支え合う。
 コンビーフが強調されています。

 類似の映画として「キサラギ」とか「十二人の怒れる男」「12人の優しい日本人」のパターンでした。  

2021年06月23日

おらおらでひとりいぐも 邦画DVD 2020年公開

おらおらでひとりいぐも 邦画DVD 2020年公開

 日高桃子さん:田中裕子さんと若い頃が、蒼井優さん
 桃子さんの亡夫の周三さん:配役に問題あり。自分は偶然この男性俳優さんの不祥事発覚説明記者会見をテレビで見てしまいました。「奥さんと不倫相手とどちらが好きなんですか」と質問されて、「(押し黙った長い沈黙のあと)ここでは、答えられません」というような内容で返答された記憶です。ひっくりかえるほどびっくりしました。(どういう状況であったとしても、この場合の答は「妻」しかありえません。俳優の頭脳をもっている人とは思えません)男優さんは、この映画で、日高桃子さんの良き夫という位置づけで出演されています。撮影後のことだったのかもしれませんが、ミスキャスト(誤った配役)です。
 さびしさ1:濱田岳さん
 さびしさ2:青木崇高さん(あおき・むねたかさん)
 さびしさ3:宮藤官九郎さん
 桃子の娘:田端智子さん
 桃子の声「どうせ」さん:六角精児さん
 
 最初は、主役の田中裕子さんがお若く見えましたが、進むにつれて、やはり老けて見えました。設定は七十四歳ぐらいだったと思います。
 女性のひとり暮らし。「老い」があります。
 妖精のように三人のさびしさ男がいます。ジャズの話になり、いい流れです。洋楽と和風の光景の対比が効果的に心理に響きます。こういう表現のしかたがあるのかと感心しました。
 六角精児さんもおもしろい。昔、男が五十代になると、ふとんで朝、目が覚めても夢も希望もないという文節を読んで感心したことがありますが、そんな感じです。向田邦子さんの作品だったと思いますが記憶がおぼろげです。
 
 マンモスが出てきます。2005年あいち万博、マンモスのはく製展示がありました。日本では、万博といえば、いつまでたっても大阪万博と定義されます。忘れられたようになった愛知万博ってなんだったのだろう。県民としては、さみしい。

 薬を飲む桃子さんです。たくさん飲みます。いったい何錠飲むのよ。

 車の営業さんに車の購入を勧められている桃子さんが言ったセリフが、『(人生で購入する)最後の車になるのかしら』で、ちょっとびっくりしました。そのセリフは先日自分自身が言った言葉です。自分の人生で最後に買う車になるだろうと家族に話をして車を購入しました。高齢者が運転する車での人身事故が社会問題になっているので、七十代なかばで運転はやめるつもりです。

 こどもはどうして恐竜が好きなのか。
 恐竜がいた時代は、わたしが独自につくった自分のための歴史年表によると、
 宇宙の始まり:138億年前
 地球誕生:46億年前
 恐竜時代として、
 三畳紀(さんじょうき。2億年ぐらい前)
 ジュラ紀(1億5000万年ぐらい前)
 白亜紀(7000万年ぐらい前)
 恐竜は、6600万年前ぐらいに、隕石の衝突で気候が変化した地球環境が原因で死滅した。
 と記録されております。

 大正琴(たいしょうごと)の話が出ます。名古屋市が大正琴の発祥の地です。
 自分が中学生のとき、夏休みの課題発表で、日頃、がらの悪い不良に見える怖そうな男子が、おばあちゃんに教えてもらったと言って、大正琴で曲をしっかりひいたので、教室一同びっくりしたことを思い出しました。
 いっぽう、わたしの発表ですが、わたしは、手乗りジュウシマツを育てようとして、ジュウシマツをヒナから育てたのですが、ふとんでいっしょに寝ていたら、朝起きたら、ヒナが、わたしの背中の下でぺっしゃんこになって死んでいた話を発表しました。ばかうけでした。
 映画の映像を観ていて、そんなことまで思い出しました。この映画は、年配の人が観て楽しむ映画です。

 1964年(昭和39年)東京オリンピックの映像が流れます。2020東京オリンピックはどうなるのだろう。なんだか、変なことになっています。

 <また、タバコシーンが出てきました。喫煙シーンのない日本映画を観たい。名優の高倉健さんは、撮影のためにタバコはポケットに入れていますが、自分は、タバコは吸いませんとおっしゃっていました>

 日高桃子さんのご自宅は、大きくて立派な戸建てです。でもひとり暮らしです。長男か長女と同居生活ができたらいいのに。
 桃子さんの孫娘はとってもいい子です。孫娘は、ばあばは(ひとり暮らしで)自由でいいねと言います。心やさしい女の子です。孫娘自身は、母親に怒られてばかりだそうです。

 「愛しちゃったのよ ララランラン」の歌声が続きます。自分よりも十歳ぐらい上の世代の人たちの流行歌です。

 東北の山に降るらしき雪景色の映像が心に沁みます(しみます)。

 東北出身の桃子さんは「(ひと呼吸入れて)わたし」と言う。本当は、「おら」と言いたい。

 わけあって、ふるさとを捨ててきたのに、ふるさとが恋しくなる日高桃子さんです。

 愛はくせものだ。「愛<自由」 愛よりも「自由」「自立」のほうが大事だ。(このあたりはむずかしい。考えてもしかたがない気もします。

 映画を観ていて、静かです。ちょっとねむい。少し、ねむってしまいました。

 シーンにある庭木の剪定、切り落としは見回りの警察官がやる仕事とは思えないけれど。まあいいか。
 戸建てには、広い庭はなくてもいい。樹木や植物の手入れとかお世話が大変です。
 
 日高桃子さんは、音信不通になっている長男がらみのオレオレ詐欺にひっかかって250万円を失ったそうです。
 長女が孫娘を連れて、孫の習い事のためにお金を貸してほしいと日高桃子さんに頼んできましたが桃子さんは断りました。実の娘は怒りました。長男ならお金を出す。オレオレ詐欺にならお金を出す。怒られてもしかたありません。
 
 人生のふりかえりがあります。
 幸せには終りがくる。
 夫が病気で死んだとき、日高桃子さんいわく、「一点の喜び」があった。(ひとりで生きてみたかった)夫のはからいがあった。夫の死を受け入れるために、おらが見つけた理屈だ。というような哲学的なお話があります。

 日高桃子さんの山登りのようなお墓参りです。バスに乗らずに歩いて行きます。途中の場所で、ここであんなことがあったと記憶がよみがえります。ここで、子どもたちの基地遊びがあった。
 人生ってなんだろう。いいときもあれば、そうでないときもある。そして、最後はひとりです。

 自分は親を捨てた。そのせいか、自分も子どもに捨てられた。

 気の遠くなるような時間をつないで、奇跡のような人生だという言葉に共感しました。
 だれしも長い人生のなかで、命を落とすようなピンチに複数回遭遇していると思います。死なずに生きのびている人が多い。案外幸運に恵まれている。自分が思うほど自分の人生は不幸ではない。

 この部屋には、見えないけれど、おおぜいの人がいるの。みんなまぶってくれる(見守ってくれている)

 幻想的な作品でした。
 ただ、わけがわからないという感想をもつお客さんも多いと思います。

(過去の読書メモ)

2018年1月5日記事
おらおらでひとりいぐも 若竹千佐子 河出書房新社

 タイトルの意味は、「おらは、おらで、ひとりで、生きていく!」という意思表示ととらえて、読み始めました。(読みながら、やがて、おらは、おらで、ひとりで逝くけれどもという、反対の意味に考えが変わりました。その後、どうも、ひとりで行くが妥当らしいとなりました。)
 東北弁がきつい。全部この調子だったら、理解に苦労する。(そんなことはありませんでした。されど、わかりにくい。)
 どうも、おらは、二人いるようです。自問自答です。

 一人暮らし高齢者おばあさんのお話です。
 一人称のようで、一人称ではない。「桃子さん(主人公のおばあさん)は……」
 
 休憩場所のない長文が続きます。読むのに少ししんどい。
 8ページにあるジャズセッションの表現は、リズミカルで良かった。おもしろい。
 詩が挿入されているのですが、うーむ。詩の挿入をすると小説の構築が崩れる気がして、わたしは好みではありません。
 
 桃子さんを支える人として、「ばっちゃ(亡くなった祖母)」
 娘直美さんとの関係にこだわりあり。(こだわらないほうが、幸福になれると読み手は思う)
 
 44ページあたりからおもしろくなってきました。(されど、具体的な伸びはなかった)
 なかなか理解することがむずかしい作品です。

 孤独と付き合う内容です。
 東京オリンピック(昭和30年代開催)がからめてあるのは、2年後のオリンピックを意識してあるのかも。

 今は一人暮らしとなった75歳日高桃子さんの過去の生活内容は苦しい。
 猛烈な孤独感が満載された作品です。
 夫が病死、ふたりのこどもは家を出てしまった。
 自分は何をしてきたのだろう。

 ところどころ難しいのか、感覚の違いなのか、意味がわからない部分があります。笑いでいっぱいという作品ではありません。
 ひとりぼっちの淋しさを笑ってごまかす。心の声は、桃子本人の声以外にも亡夫の声であったり、祖母の声であったりもする。

調べた文字です。「弄う:いらう。いじる。さわる。」、「身罷う:みまかう。死ぬ」、「深く肯んずる:がえんずる。承諾する。聞き入れる。」、「独りごつ:ひとりごとを言う」、「太母たいぼ:祖母。書中ではこどもを大切に育てた母親」、「贖罪しょくざい:キリスト教。罪への償い」、「仮託かたく:他の物事を借りて言い表す」、「燭光しょっこう:火の灯り」、「屹立きつりつ:高くそびえ立つ」、「睥睨へいげい:にらみつける」、なんだか、漢字検定みたいになってきました。「恣意的しいてき:論理的でなくその場しのぎで、きままに扱う」、「けんじゅう:宮澤賢治作品の登場人物」、「朋輩ほうばい:同僚」、「歓心:よろこび」、「十全:十分に整っている」、「何如なんじょ:どうであるか」

良かった表現などです。「吐き出ほきだす」、「長年の主婦という暮らし」、「桃子さんの心情を地球の地層で表す。地学のようです。」、「この人には、この人の時間が流れている」、「(心の動きを)柔毛突起」、「早く起きても何もすることがない」、「目的がある一日はいい」、「町も老いる」、「人の期待を生きる(ことが苦行)」、「全体でもあり部分でもある」、「食べらさる(さあ、食べるぞ!)」、「まぶる(見守る)」、「自分の心を友とする」

ちょっとわたしには、むずかしすぎました。


2018年1月27日記事
(再読)おらおらでひとりいぐも 若竹千佐子 文藝2017冬号

 芥川賞作品です。一度読みましたが、よくわかりませんでした。ということで、再読です。今度は単行本ではなく、雑誌で読んでみます。

 雑誌掲載の文章のほうが読みやすかった。文字が目に優しい。一度読んで、筋書を既読ということもある。

 東北弁を標準語に翻訳しながら読む読書です。昔は、方言表記を避けたものですが、時代が変わりました。頭脳内翻訳はけっこう疲れますが、2回目なので、方言がとろけた感じがします。
 東北弁をからめて、「わたし」と「おら」の対立があります。おらは、おらであって、わたしではないのです。
 スタイルは、一人暮らし高齢者女性のつぶやきです。
 テレビ番組で受賞を知らせる内容をいくつか見ましたが、作者の人となりを取り上げるだけで、作品内容まで言及したものはありませんでした。報道する側は、まだ、読んでない、いや、読む気はないのかもしれない。

 娘との疎遠があります。息子もいるのですが、どうも子育てに失敗しています。
 からめて、実母との対立があります。対して、祖母との密着があります。
 自分の生き方を貫けば、娘からも息子からも見放されて孤独になる。母親に苦労をかけたばちがあたった。

 主人公の名前は、日高桃子さん。理解者だった夫の周造さんは病死されている。

 八角山の麓には、桃子さんがたくさんいて、霊魂となって、死の時を待っている。そこに、宮澤賢治作品がからんでくる。

 こどもよりも自分が大事だった。
 若いころには考えられなかった感情が老いた今ある。

 娘から孫娘への伝承と祖母、母、自分への継承がある。

 命(生きていること)の賛歌でした。


(その後)
 家族の話だと、黙読するとわかりにくいけれど、声を出しながら音読をするとすーっと文章が頭に入ってくるそうです。味わいがあるそうです。  

2021年06月22日

日本独立 邦画DVD

日本独立(にほんどくりつ) 邦画DVD 2020年公開

 観るほうに、白洲次郎(しらす・じろう)さんのことと、第二次世界大戦終戦時の歴史知識の下地がないと、観ていても、わかりにくい映画でしょう。

 白洲次郎(しらす・じろう):1902年(明治35年)-1985年(昭和60年)83歳没 実業家 吉田茂氏の側近。英国ケンブリッジ大学卒業
 白洲正子:1910年(明治43年)-1998年(平成10年)88歳没 白洲次郎氏の妻。随筆家
 吉田茂:1878年(明治11年)-1967年(昭和42年)89歳没 政治家 外交官 内閣総理大臣 外務大臣
 松本丞治(まつもと・じょうじ):1877年(明治10年)-1954年(昭和29年)76歳没 商法学者 法学博士 国務大臣
 近衛文麿(このえ・ふみまろ):1891年(明治24年)-1945年(昭和20年)54歳没 服毒による自死 政治家 内閣総理大臣
 幣原喜重郎(しではら・きじゅうろう):1872年(明治5年)-1951年(昭和26年)78歳没 外交官 政治家 外務大臣 内閣総理大臣
 東条英機:1884年(明治17年)-1948年(昭和23年)64歳没 昭和20年9月拳銃自殺未遂 昭和23年死刑執行 陸軍軍人 内閣総理大臣
 他の戦争犯罪者として処刑された人たち。主に東条英機内閣当時の大臣職:板垣征四郎(陸軍大将。満州事変を決行) 木村兵太郎(陸軍大将) 土肥原賢二(どひはら・けんじ。陸軍大将) 武藤章(陸軍中将) 松井石根(陸軍大将) 広田弘毅(内閣総理大臣)

 ダグラス・マッカーサー氏の姿があります。1880年(明治13年)-1964年(昭和39年)84歳没 連合国軍最高司令官(連合国軍最高司令官j総司令部)GHQ  General Headquarters, the Supreme Commander for the Allied Powers)
 勝負事は負けるとみじめです。
 1945年7月26日(昭和20年)ポツダム宣言。ベルリン郊外ポツダムにて。第二次世界大戦における日本への降伏要求の最終宣言。米英中三国共同宣言。のちにソビエト連邦が追認。
 第二次世界大戦の戦後処理についての話し合い。同年9月2日東京湾内に停泊中の米戦艦ミズーリの甲板で降伏文書(休戦協定)に調印した。
 戦争終結。主権と領土の範囲。戦争犯罪人の処罰。民主主義的傾向の復活強化。言論、宗教、思想の自由、基本的人権の尊重を確立する。
 戦後の日本は、すごい勢いで変化をしていきます。財閥解体、農地解放、教育改革、選挙制度改革、そして、象徴天皇、新憲法制定に伴う戦争放棄がこの映画の題材です。

 白黒映像が混じります。歴史の記録映画の面があります。若い頃、映画館で「東京裁判」というとても長時間の白黒映画を観たことがあります。ちんぷんかんぷんでした。その映画にあったような映像がこの映画に流れます。
 
 藁葺き屋根(わらぶきやね)の大きな木造日本家屋は懐かしい。広い縁側があります。こどものころ、そういう家屋で暮らしていたことがあります。
 
 米国の日本占領政策の基本です。戦争責任は、日本軍上層部にいた軍国主義者のせいにする。日本国民は被害者扱いをする。
 
 コスモポリタン:国際人。世界的視野と行動力を持つ人。国籍、民族にこだわらない。

 戦勝国が敗戦国の憲法をつくる作業です。(なおかつ米国が日本国憲法の作成に関与したことは秘密にしなければならないのです。公表してはなりませんとあります。日本人のみで日本国憲法をつくったことにするのです)
 日本に関して不利な条件設定に、イギリスへの留学歴があり英語に堪能な白洲次郎氏が通訳の立場と国の職員の立場で、自身の考えも織り込みながら日本を管理する米国人集団に切り込んでいきます。
 日本人の憲法をアメリカ人たちがつくる。なにかしらさびしい。これが戦争で負けるということなのか。

 戦艦大和(やまと)が出てきます。若い頃アニメがあって、そのときは、ヤマトは、勇猛果敢に敵に向かって行ったけれど悲劇的に破れていったヒーローだと思っていました。それから何十年か経って読んだ小説の文章に、やまとは「大和ホテル」だった。日本軍の幹部をもてなすために上等な料理や音楽がふるまわれていたと書いてあり、かなりショックを受けました。それが事実かどうかはわかりませんが、相手の言うことをうのみ(まるのみ)にしてはいけないという教訓にはなりました。

 ふーっ。この映画もタバコ映画なのか。くさい煙がイヤな非喫煙者にとっては、喫煙シーンを観るのは不快です。日本映画界はタバコ業界からなにかもらっているのだろうか。これがアニメ日本映画にかなわない理由のひとつではなかろうか。日本映画は始まる前から、観てイヤな気持ちになるかもしれないと思って観始めることが多い。

 デリケートな問題提示があります。確かに、武力をもたない独立国家は生存できません。代わりに米国軍隊に滞在してもらい日本を守ってもらう話が出ます。そのことに対して声があります。『これは永久平和ではなく、(米国への)永久従属になる』

 歴史を深く考えるいい映画でした。

 「かんきんされて、むりやりやったら、あいのこがうまれた」憲法案が完成した時の白洲次郎氏のセリフです。

 屈辱(くつじょく。相手の力に屈服させられたくやしさ)があります。
 「日本人は素直だからねぇ」の米国側のセリフがあります。

 ラストシーンは、太平洋の大海原が広がる海岸です。
 海は広いなあ。すがすがしい。


(2012年9月のときの読書メモから)
風の男 白洲次郎(しらす・じろう) 青柳恵介 新潮文庫
 わたしは標題の方を存じあげません。本関係のホームページを巡っていて何度か見かけたことがありました。今回書店で本が目に留まったので読み始めました。伝記でしょうか。魅力的な個性の人のようです。昭和60年に亡くなっています。経済界の重鎮のように認識しました。
 わたしがまだ生まれる前のお話です。戦後の新しい日本を築くことを目的として吉田茂首相の側近にいた重要人物という位置づけです。わたしにとっては、夢のようなお話ばかりです。親御さんは資産家、中学校卒業後は英国へ行き長い間同国で学び過ごした。奥さんの育ちも夢のようです。やはり、結婚は似たものどうしがいいと変なところで思い知らされました。
 白洲氏の信条として紹介されている「自分で見て、自分の頭で考えて、自分が責任をとる」、ともすれば、だれしもが、「力の強いと思われる他人にやらせて、その人に責任をとってもらう」となりがちです。その信条は英国式でしょうか、いいえ本人の気質でしょう。
 資産家のこどもに生まれると大変なのだなと感じつつ、うらやましくもあります。幹部候補生としての教育を受ける、帝王学を学ぶ、留学、外遊、土地とお金に恵まれる。
 夫婦円満の秘訣にはほほえみました。「一緒にいないことだよ」
 戦後新憲法制定の緊張感が伝わってきます。”天皇制の廃止”を決断する。戦後生まれのわたしは、今までそのことの重大さを感じたことがありませんでした。
 この本を読んでいた同時期に山下清氏の放浪物語を読んでいました。ふたりとも同じ時代に、かたや新憲法の制定に取り組み、もう一方は日本を放浪して美しい日本の情景を絵にして残していった。人はそれぞれ自分の生まれ持った使命を自分の与えられた世界で果たしてゆくのだと悟りました。
 白洲氏は頑固である反面、非常に柔軟であることが不思議でした。人間は社会環境の変化に応じて変化していくべきであるという記述を読んだときです。ケースバイケースでしょうか。
 この本は全体として、「戦後日本の礎(いしづえ)を築いてきた人たち」の記録です。以前読んだ北朝鮮から開放されたジェンキンスさんの「告白」に似ている。白洲氏とジェンキンスさんの相手に対する姿勢が似ています。ふたりともに英国魂が宿っているのでしょか。ただジェンキンス氏はアメリカ人ですが、根っこ(ルーツ)は英国かもしれません。
 198ページあたりからの彼の語録には凄みがあります。教育は伝承されていくものです。こういう生き方を白洲氏はだれに教わったのだろう。今続けて、本人の記述を集めた「プリンシプルのない日本」という本を読み始めました。プリンシプル=信念でいいと思いますが…


プリンシプルのない日本 白洲次郎 新潮文庫
 「プリンシプル principle」 著者本人が記した言葉ですが、文中で本人はどう訳せばいいのかわからないと言明しています。「原則」だろうかという解釈になっています。
 40ページ、吉田茂首相を指して「昔の人」という表現が不思議です。これが書かれたのは1951年(昭和26年)です。現代人が「昔の人」という表現をすることには何の疑問もないのですが、この不思議さは何でしょうか。いつの時代も「今」を基準にすると高齢者は「昔の人」になるのでしょう。
 著者の文章からは「怒り」が伝わってきてその迫力に圧倒されます。読者としてうなずくこともあるし、うつむきたくなる彼の主張もあります。先日インターネットの番組で見た台湾人年配女性の言葉がよみがえってきました。「台湾は日本人から多大な恩恵をいただいた。いま、日本人は変わってしまった。元に戻ってほしい。昔の日本人は、まじめで勤勉、そして義理堅かった。」サッカー日本代表元監督オシム氏も同じことを言っていました。「日本人は日本人になってほしい」
 文章のほとんどは命令口調で威圧感がありますが、もう1冊の「風の男白洲次郎」青柳恵介著を読んだあとなので、著者はごく普通の人だと思います。あたりまえのことをあたりまえにやりましょうと呼びかけておられると思います。彼の考えの背景には、正直者が馬鹿をみる世の中にしてはいけませんという正義感があります。若者に対する教育に情熱がある人です。
 124ページ、母について語るは感動的です。おじいちゃんの説教を聞いている孫のような気持ちで読み続けています。
 アメリカがつくって押付けた日本の憲法は改正すべきである、自衛隊は必要である、防衛能力をもたない国家の存在はありえない、参議院は必要が無い、政党は協力して連立政権をひとつつくればよい、効率的な経済をめざす、そういった主張のひとつひとつが現代の社会状況にも通じます。
 230ページ、日本はイジメ社会。これは1969年に書かれています。人間社会からイジメを除去することはできないのではないか。そのたびごとに退避、あるいは抗戦するしかないのでしょう。人間の営みには無益なことです。
 240ページ、日本国憲法において、天皇は象徴。英文で書かれた憲法案を訳したときの状況が書かれています。訳し方がわからなかった。英文の意味がとれなかった。その結果「象徴」と訳した作業は意外に軽易な行為でした。
 最後に3人の対談が掲載されています。著者と今日出海(こん・ひでみ)氏、河上徹太郎氏。いずれもすでに他界されています。それだけに対談は天国で行われているように感じながら読みました。   

2021年06月21日

太川&蛭子の路線バス乗継の旅 松島-竜飛岬 再放送

太川陽介&蛭子能収(えびす・よしかず)のローカル路線バス乗継の旅 BSテレビ東京 宮城県松島から青森県竜飛岬(たっぴみさき) 2010年2月放送分

 昔の再放送です。この形式での番組が始まって第六弾の企画です。
 新聞のテレビ欄を観ていて、たまたま気づいて観てみました。
 2010年当時の自分は仕事が忙しく、テレビはほとんど観ていませんでした。昔放映した番組であっても、自分にとっては新作です。そういう人って案外多いと思います。仕事や勉強でテレビ番組を観る時間が少ない人はたくさんいます。

 まだ、東日本大震災も起こっていない東北地方の風景と人情です。
 ゲストは、山田まりやさんという方です。わたしはどんな女性なのかは知りませんが、蛭子能収さんとのはずむようなやりとりがおもしろくて笑いました。
 太川陽介さんも含めて、三人ともお若いです。蛭子能収さんの表情も明るくて輝いています。そして、よく、まわりを不快にさせるようないらぬことをおしゃべりします。観ていて、笑えます。
 蛭子能収さんは、このロケから10年がたって、認知症になられて、顔から表情がなくなったように感じられます。なんだか人生について感慨深く考えてしまいます。
 体が元気なうちに、やりたいことがあったら後まわしにせずにやったほうがいい。体が思うように動かなくなった時のための思い出づくりです。

 この頃の番組では、バス車内での乗客のみなさんとの交流が盛んです。バス通学をする高校生たちとの気どらない自然な会話で車内がなごみます。おばちゃんやおばあちゃんたちとの会話、バス案内所、運転手さんたちとの会話、人と人との素直な会話がすたれていくような世情の中で、気持ちがほっとする部分があります。
 11年前の映像なので、映像に出ていた男子高校生たちはもう30歳近くにはなっていると思います。映像に出た高齢者の方々の中にはすでにお亡くなりになった方もおられると思います。番組を録画されていたならば、なつかしくずっと思い出の映像の中で生き続けるみなさんたちです。
 
 ルート上にあった青森県の浅虫温泉(あさむしおんせん)は家族で観光旅行に行ったことがあるのでなつかしかった。泊ったホテルでは、津軽三味線の生演奏を聴きました。とても良かった。浅虫水族館というところにも行きました。その後、もうこどもたちは所帯をもって独立してしまいましたが、ときおり、いつかまた青森へ行ってみたいねという話が出ます。
 映像では、駅前の食堂が出てきます。以前観た別の路線バスルートの同じ番組で、年数を開けて、太川陽介&蛭子能収のコンビが、再び立ち寄ったというような映像を観た覚えがあります。

 番組での津軽半島ルートは、太宰治作品「津軽」と同じようなルートで回っておられます。戦時中、昭和19年ごろの太宰治氏の旅行記です。
 映像を観ていて、いろいろしみじみとくるものがあります。厳しい冬の雪景色が気持ちに響きます。とても寒そうです。
 
 食事抜きでローカルバスを乗り継ぐときもあるメンバーですが、最近の競争方式の類似の番組と違って、のんびりして落ち着く面もあります。どっちがいいのかはわかりませんが、蛭子能収さんのような天然キャラクターの人が現れるまでは競争方式でいく方法がいいのでしょう。  

2021年06月18日

科学者になりたい君へ 佐藤勝彦

科学者になりたい君へ 佐藤勝彦 河出書房新社

 伝記、自分史のようです。
 「はじめに」の部分を読んだところです。
 33歳で生まれて初めて飛行機に乗ったのが、1979年(昭和54年)のことで、遅い飛行機デビューだと思いました。研究のためにデンマークのコペンハーゲンへ行かれています。現地は日没22時で白夜です。
 筆者は『北欧理論物理学研究所(NORDITA ノルデイタ)』で臨時的雇用非常勤教授として一年間研究をされています。京都大学理学部で助手をされていたそうです。
 
 ご家族がおられるようですが、研究職というのは、家族と一緒に暮らせないイメージがあります。フィールドワーク(現地調査活動)が多い研究もあります。長期出張状態、単身赴任状態になるパターンが考えられます。

 「学者さん」は、その分野における知識や体験は詳しいけれど、その分野以外のことはあまり知らず、その分野以外の話をしても楽しくはないというイメージもあります。
 勉強することが仕事です。深く極める。オタクです。(一点集中で強い興味をもつ)

 宇宙の研究をされている方です。
 本のカバーを見ると、似顔絵が書いてあって、「Stephen Hawking(スティーヴン・ホーキングさん)」の名前が下に書いてあります。
 わたしの部屋に置いてあるこれから読む本が入れられたダンボール箱の中に「宇宙への秘密の鍵」作・ルーシー&スティーヴン・ホーキング 訳・さくまゆみこ 岩崎書店があるのを見つけました。この「科学者になりたい君へ」を読んだら、次に「宇宙への秘密の鍵」を読んでみます。その内容は小学生高学年向きのようです。

 宇宙の始まりの話があります。わたしは、自分なりに、宇宙は146億年前にできて、地球は46億年前にできたと学習して記憶しています。
 14ページに著者の研究では重点的に「宇宙のはじまり」について研究されているそうです。宇宙は約138億年前にできたそうです。自分の頭の中にあるデータを146億年前から138億年前に塗り替えておきます。

 ここに記録しておくとおもしろそうで、わかりやすそうです。宇宙のできかたです。
 約138億年前に、超高温の小さな火の玉が生まれた。
 小さな火の玉は、激しくて急激な膨張(インフレーション理論とビッグバン宇宙論)を続けながら、温度を下げていった。(ふーむ。そうなのか)
 科学では、「結果」が生じた時に、その「原因」を考える。このあたりの文章を読んでいると映画映像を観ているような感じになります。
 『パラダイムシフト』物の見方の判断において、多数派が少数派に負ける。
 『ビッグバン宇宙論』ビッグバンという大爆発で宇宙が誕生した。

 科学者になりたいこどもさんたちへのアドバイスがあります。四国で生まれて、ノーベル物理学賞を受賞された湯川秀樹さん(1907年(明治40年)-1981年(昭和56年)74歳没 理論物理学者 1949年(昭和24年)ノーベル物理学賞受賞)にあこがれて、京都大学に進学し、湯川先生の弟子の先生と師弟関係を結び、研究者になられています。
 日本の科学者の数は、だいたい87万人だそうです。1億2400万人ぐらいのうちの87万人ですから多いとはいえません。狭き門です。日本の医師の数が32万人ぐらいですから、それよりは多い。いずれもやはり狭き門です。
 
 ノーベル賞を取れるような科学者になれるかな? という文がありますが、ノーベル賞は、社会貢献を讃える(たたえる。ほめること)もので、狙うようなものではないと考えました。
 以前、ノーベル賞を受賞された方たちのお話を集めたこどもさん向けの本を読んだことがあります。「ノーベル賞受賞者にきく子どものなぜ?なに? ベッティー・シュティーケル・著 畔上司・訳 主婦の友社」でした。受賞者の方々は、シャイ(恥ずかしがり屋)で人前に出るのが好きではない人がわりと多かったことが意外でした。ふつうの人たちでした。
 強い印象が残っているのは、最後のほうのページにあった数学者の方のお話にはしみじみとしました。娘さんは障害者で、耳が不自由で、精神的にも遅れていると告白されています。でも彼は、娘はすばらしい人間ですと結んでいます。

 「はじめに」の結びの部分に審議会のことが書いてあります。余計なことなのかもしれませんが、審議会という名のもとに学者が集められて、学者が、行政や政治に都合のいいように利用されているような気がしてなりません。昨今の社会情勢をみてそう思えるのです。その見返りが報酬なのでしょうが、そこは大人の世界の話になってきます。大人の世界とは、不条理なこと(あるべき姿に反していること)、理不尽なこと(避けることが無理な圧力に屈すること)、不合理なこと(理屈にあわないこと)に折り合いをつけて生きていくのが大人の世界です。

 さて、読み始めましょう。
「第1章 「ふしぎだな」「おもしろいな」が科学の原点」
 たぶん、同世代の少年たちのなかにも著者と同様の体験をした人も多いことでしょう。でも科学者になれた人は少なかった。
 ゲルマニウムラジオの製作とか、ハム(アマチュア無線)、真空管テレビづくり、科学に関する雑誌の読書(わたしは、「子どもの科学」を読んでいました)
 田舎ゆえに、満天の星空があった。だから、宇宙に興味をもった。
 身近な自然が豊かだったので、動植物に興味をもった少年少女もいたことでしょう。
 この本は、こどもさんというよりも、親御さん(おやごさん)とか祖父母の方たちに読んでほしい本です。著者の場合、親御さんがこどもさんに教育資金を投資されています。こどもの著者がほしい電子部品はほとんどお父さんが買ってくれています。
 学校の先生に質問をする。こどもの質問に答えることが先生の仕事です。(されど、質問をする行為のための質問を続けると相手はイヤな気分になるのでやめましょう)
 「常識を疑う」とあります。過去の偉人たちが、当時の常識をくつがえしてきた歴史があります。
 
 こどものころの本との出会いは大切です。
 ジャンルは無関係です。
 興味をもった世界の本を読んで自分で自分の心を育てます。

 湯川秀樹博士の物理の話が出ます。
 人間の体内にも電気的な物質があるのだろうか。
 本の文章を読んでいると、どうもありそうです。
 『原子核(プラスの電気をもつ「陽子」と電気をもたない「中性子」が集まっている。湯川博士は、その両者をつなぐ役目を果たす中間子の存在を発見した)』のまわりを『電子』が回っている。
 中間子によく似た新粒子(ミューオン)が、宇宙から地球に降り注ぐ『宇宙線』の中に見つかった。
 当時の貧しい国、日本からでもノーベル賞受賞者が出る。湯川秀樹博士は、紙と鉛筆と自分の頭脳だけで中間子論をつくりあげたと記述があります。

 日本人のスポーツ選手が体格や運動能力的になかなか生まれないという考察がありますが、現在はだいぶ変化してきました。見た目は外国人でも日本国籍の人が増えてきました。いいことだと思います。
 若い頃、もし戦争が起こった時のために国籍は厳格に指定しなければならないとなにかで教わった記憶があります(国籍は父系主義)。日本とどこかの国で戦争になったとき、そこの国と二重国籍だったときに敵味方の区分けができなくなるというふうに説明を受けた記憶があります。今となっては、戦争にならないために、一人の人間が多国籍であったほうが平和につながる気がします。
 
 工学部と理学部の違いが書いてあります。
 『基礎物理学研究所』の説明があります。

 英語学習が必要です。
 自分がおとなになってからわかったのですが、なにもネイティブのベラベラ英語を話さなくてもいいのです。文法に従って、カタカナ英語でも、母語(ぼご)が英語ではない人が話す英語とは意味が通じるのです。記号のようなものです。合わせて、中国語ができると役に立つと思います。世界中のなかでいちばん多いのが中国語を話す人たちだと思います。世界の5人にひとりは中国人のような気がします。

 科学者である著者は、「国語」がにがてだそうです。特に漢字を覚えて書くことがにがてだそうです。意外ですが、そういうことってあるのでしょう。

 最後はやはり健康維持について助言を書かれています。
 大量の飲酒とか喫煙はやめましょう。

 この本に書いてあって、ほかの本でも読んだことですが、社会が必要としているのは、「問題を解く能力」ではなく「問題を作成する能力」です。もちろん作成した問題の答も自分で見つけなければなりません。以前社会人になってもすぐ仕事を辞めてしまう大卒生の意見として、ちゃんと教えてもらえなかったという文章を読んだことがあります。答は人に聞くのではなく、自分で苦しんで見つけるものです。
 自分は、お坊ちゃま、お嬢さま世代と呼んでいますが、甘やかされて常にサービスを提供される側にいたせいなのか、いつでもどこでもだれかが自分のことをタダで助けてくれると勘違いしている人たちが増えました。世の中は厳しいのです。短時間の対応なら親切にしてくれますが、長期間の付き合いとなると、人間は冷たい面をもっています。気に入らないと無視するのです。知らん顔をする人は昔からいます。お金を稼ぐためには、そういう人たちともなんとかやっていかねばならないのです。

 ずーっとここまで読んできて、「肩書き」がないと生きていけない人にはなりたくないという気持ちになりました。お互いに相手を先生と呼び合う世界です。

「第2章 大学・大学院で何を身につけるか」
 大学生時代を振り返っておられます。恩師の方たちに謝意を述べることでかなり気を使っておられることが伝わってきました。
 湯川秀樹博士の講義は、ひとり語りだった。学生との対立もあったそうです。昭和40年代は、大学紛争の時代でした。わたしはテレビで大学生たちが暴れまわるのを見ていた下の世代です。白黒テレビの映像を家族で見ながら、あんなふうにはなりたくないと思いました。
 
 「宇宙の始まり」について研究する。
 光:電波。宇宙背景放射。
 宇宙が生まれて約38万年たったころ、宇宙の温度は約3000度だった。
 光の波長が短く、電波の波長が長い。
 サーベイ:調査、測定
 パルサー:中性子星
 太陽より重たい星は、最後に「超新星(爆発)」を起こす。
 読んでいると、宇宙が生き物のように思えてきます。スピード(速度)がものすごく速い。そういうことがあるのかと驚きました。
 ニュートリノ:粒子(りゅうし) 電気をもたない電子
 パンチカード:そういえば、キーパンチャーという職がありました。コンピューターへのデータ入力の方法です。書類をまとめて渡すなんとか式と、キーパンチャーを頼らず、自分で入力するなんとか式というふうに当時は区別がありましたが、もうそのときの言葉を思い出せません。昭和50年代ぐらいのころです。「バッチ処理」だったかなあ。ちょっとわかりません。

 人間の体は、炭素や窒素、酸素などからできている。星の内部の核融合でできたもの。人間の体は星のかけらでできている。そして、体の中には電気が流れていると考えると、人間の体は奇跡であると感じるのです。

 研究者になるためのお話があります。
 基本をしっかりと学ぶ。
 モチベーション(動機)をきちんと保つ。
 「問題発見能力」と「問題解決能力」を身につける。

 友人のお話があります。共感しました。
 まだ、二十代のしたっぱのペーペーのころに、いっしょに泊まりの旅行をしていた仲間たちとは、歳をとってからも付き合いがあります。
 利害関係がからむような立場の相手とは長続きがしません。

 ハワイ・マウナケア山頂の「すばる望遠鏡」
 
 ポスドク:任期付きの研究職ポスト。博士研究員

 学者の世界が「混沌(こんとん。混じり合った状態)」で、官僚(中央省庁に勤務する国家公務員)の世界が「秩序(ちつじょ。決められたやりかたでできた世界)」

「第3章 研究はどのように行うのか」
 無給で研究を続けるポストがあるそうです。家が資産家か、金銭援助をしてくれるスポンサーがいないとやっていけません。芸術家かスポーツ選手のようでもあります。サラリーマンのようで個人事業主です。
 著者の場合、数学教師の奥さんに助けられています。なんていい奥さんなのでしょう。
 無給なので、共働きとは言えませんが、子育ては男子も体験しておいたほうがいい。娘さんを保育園に連れて行くのが著者の役割だったそうです。
 
 研究者のあるべき姿勢が提示されています。
①おもしろいと思ったら徹底的に研究する。
②プロとしての自覚をもつ。(わたしは「プロ」という言葉は嫌いです。「それでもプロか!」と相手を責めるときに使う言葉です。ひとつのことを極める職業につける人はごくわずかです。社会では、浅く広くひととおりたいていのことが7割程度できれば働いていけます。業務内容がある程度把握できることと同時に、面談・電話の応対、車の運転、段取りのプランづくり、期限までに仕上げる計画力ときちょうめんな実行力、金勘定の金銭管理、日誌のような記録をつける、関係機関や人との連絡調整、危機管理、力仕事など、ひとりである程度のことは、なんでもやらなければなりません。チームワークが必要な組織の中では、案外、満点ではなくても合格点に達する能力をもっているオールラウンドプレーヤーが重宝されているのです)お互いの足りない部分を補い合って、能力を統合して仕事をしていくのが組織です。
③苦しみぬく。
④オリジナルの論文を最初に書く(このあとも研究者にとっての「論文」の重要さを力説されています)

 アイデアを生み出すときには、「はやり」から離れることがコツだそうです。「はやり」は現在ですから未来がありません。これから「未来」になるものを探さなければなりません。
 あまり情報交換をしすぎるとアイデアを盗まれそうな怖さがあります。「お金にならない分野(宇宙・天文学」なら大丈夫だそうです。

 読んでいてふと「原子(げんし)」と「細胞」の違いは何だろうという疑問が生じました。
 原子:物質を構成している最小単位。人間の体は、炭素・酸素・水素・窒素・カルシウム・リン・カリユウムなどで構成されている。
 細胞:細胞は原子からできている。(で、たぶんいいのでしょう)

 「力(ちから)」の説明があります。宇宙ができるための力です。ちょっとむずかしい。イメージする力が必要です。
 
 40年ぐらい前の著者が若かったころのお話が続きます。これから研究者を目指す若い人たち向けに書かれている本です。
 洋画「スターウォーズ」とか、「スター・トレック(耳がとんがった人が出てくる。たしかスポックという宇宙人。宇宙大作戦とかいう日本語タイトル。中学生のときにクラスメートの家で夏休みにいっしょにテレビで見ていました)」読みながら、そのほかの漫画などを思い出しました。

 論文がらみで、あまりいい話ではありませんが、むかしスタップ細胞という細胞のことで世間が騒いだことが思い出されました。マスコミの過剰すぎる攻撃にはマスコミ自身も気をつけたほうがいい。人間は間違えることもあります。命を落とすところまで人を追い込んではいけません。

「第4章 科学者をどう育てるか」
 PI:研究主宰者、研究室代表者。Principal Investigator
 大学教員の仕事:①研究 ②教育 ③学務(事務。説明。企画。実施)そのほか講演会、学校への出張授業とあります。なかなか忙しそうです。

 あとから間違いがわかった研究にノーベル賞が授与されたこともあるそうです。驚きつつ、納得する気持ちにもなりました。なんでも与えられた情報を信じて丸のみにすることは危ないことだと考えました。

 アメリカの人口衛星「COBE:コービー」
 宇宙背景放射:宇宙の果てからやってくる電波
 読んでいても専門的なことは理解できませんが、ロマン(夢や冒険へのあこがれ)を感じることはできます。
 
 お金の話が出ます。研究費とか人件費とか。仕事をしていくうえで、お金の話は身近で切ろうとしても切れません。

 スティーヴン・ホーキング:1942年(昭和17年)-2018年(平成30年)76歳没 イギリスの理論物理学者 ブラックホールの研究 車いすの物理学者 学生時代に筋萎縮性側索硬化症:きんいしゅくせいそくさくこうかしょう(ALS)を発症したとされる。
 本では、関連記事として、「無境界仮設」というものについて記述がしてあります。宇宙の始まりは「1点」ではなく、「半球面体の全体」で表されるようなものだそうです。「虚数の時間」という言葉も出てきます。なんだか、星新一さんのショート・ショートを思い出す科学的文学作品の世界があります。
 ご本人と面談されて交友を深められた著者は、ホーキング氏を自己主張の強い人だと感じられたそうです。病気ゆえにしっかりアピールしないとご自分の話を相手に聞いてもらえないと思われていたのではないかと察しました。
 今、手元にホーキング氏の本「宇宙への秘密の鍵」があるのですが、よく見ると、監修のところに著者の佐藤勝彦さんのお名前があります。こどもさん向けの本です。

 学会の変化について書いてあります。
 時代が変化してきています。コロナ禍のことを考えながら読んでいたら、コロナに関する記述も出てきました。
 コロナが終息したとしても、元に戻るものともう元には戻らないものとがあるでしょう。戻らないけれど、新しいやりかたの世界へと進んで行くのでしょう。

「第5章 21世紀の科学者のために」
 この章の部分を読んでいて、著者は「仕事人間」だと感じました。

 URA:リサーチ・アドミニストレータ―。アドミニストレータ:管理者。この本では「軍師」と説明があります。University Research Adominisutoreator

 この章は、「COLUMN5 科学者と「倫理」」以外の部分は、読んでいてもあまり楽しい気分にはなれませんでした。読んでいてもわからないことが多かった。素人にとっては、記述がなくてもよかったような気がしました。
 
 「研究」の不正について書いてあります。捏造(ねつぞう。うそ)、改ざん(これもうそ)、盗用とあります。グレーゾーンもあります。疑わしい場合です。
 人間は「欲(よく)」の固まりですから、不正が起こります。お金がからむとうそが顔を出してきます。
 お金はいらない。お金をあきらめると本物が顔を出します。

 科学が戦争に利用されることに対する抗議があります。『戦争を目的とする科学の研究には絶対従わない決意の表明』があります。
 深く考えてみました。「科学者」は、善人なのか。それとも悪魔なのか。原子爆弾や水素爆弾を発明したのは科学者です。科学者は、地球を滅ぼすことができる武器をつくることができるのです。オウム真理教の毒ガスサリン事件を思い出しました。ウィルス感染、細菌感染も同類ではないのか。
 記述を読んでいて、人類の一部の相当発達した知能をもつ人たちの手に地球の生命の未来が握られているのは恐ろしいことです。地球上の大部分の人たちは平和な暮らしを望む凡人です。
 科学ってなんだろう。現状維持、今のままで不便な生活でもかまわないというところまで考えが届きました。あるいは、半世紀ぐらい前の、大半の日本人が自然と共存していたころの生活に戻ってもいいのではないかと思えたのです。ただ、もう失われた自然環境は、完ぺきな状態で、元どおりに回復させることはできそうにありません。  

Posted by 熊太郎 at 07:15Comments(0)TrackBack(0)読書感想文