HIBIKI 響 映画の小説化

HIBIKI 響 映画の小説化 時海結以(ときうみゆい女性小説家)原作柳本光春 脚本西田征史 小学館ジュニア文庫

 映画は上映中です。
 この本は、映画の台本の位置づけのようです。
 芥川賞と直木賞に同時ノミネート、しかも、まだ15歳の女子が作者という設定です。

 主人公あくい・ひびき(鮎喰響)の人格設定は、純粋に小説が好き、賞の受賞は興味がないようです。適応障害みたいで、周囲との人間関係がとれない。カッとすると手が出る。ロボットみたい。無表情。たまに笑う。

 文芸誌の新人賞選考過程が詳細に記されています。純文学ですからそれほど本は売れません。読んでいて、受賞するよりも最終候補に残ることがその後の文筆活動につながると理解します。
 
 主人公である響の作品「お伽の庭(おとぎのにわ)」が傑作という位置づけですが、作品の中身は見えてきません。
 将棋であれば藤井聡太七段のように天才性が明らかです。勝負の世界だとわかりやすい。その点、小説は好みがさまざまなので、べたぼめは不可解な点があります。

 天才=奇行の持ち主というのもどうか。

 才能への全肯定がありますが、基本は努力だと思う。

 こどもさん向けの作品ですが、暴力の肯定はついていけない。天才だからしかたないから暴力を振るっていいということにはならない。現実なら警察沙汰になります。

 脇役たちの心理も描写されています。小説だけで食べて行こうとすると生活が苦しい。作品にその影が落ちる。ひがみとか愚痴の部分はどうなのかな。
 
 笑った部分として、「〇〇〇〇、昔売れていた小説家(なのに、いまもいばっている)」、納得した部分として、「小説家の仕事は人の心を動かすこと」

 創作が終われば、「過去」になる。今は、次作のことで構想に夢中になる。つまり、「過去」は忘れる。

 いくつかの作品のタイトルが出てきますが、どれも硬いタイトルで、何も伝わってこない。

 お金のためなら何でもやりますか…

 この筋書きだと、主演の方が演技力を発揮するシーンがないような。一本調子です。

 父子の愛が、はさめてあります。

 最後のあたり電車のところ、ちょっとこれは…

 響きの言動にあるように、受賞は「過去」です。受賞した瞬間に一歩を踏み出さなければなりません。すなわち次作の創作です。というよりも、前作を書き終えた瞬間に次作を書き始める。あるいは、前作を描いている最中に次作の構想が始まるというスピード感覚がいります。

 「偏差値:平均値が50」、「ロゼット:花形のリボン、表彰式のときに受賞者が胸に付ける」

 印象的な言葉として、「クオリティ」

(読み終えた翌日思ったこと)
 主人公よりも主人公のまわりにいる売れない小説家の気持ちが本作品の言いたいことではないか。

Posted by 熊太郎 at ◆2018年10月01日08:32読書感想文

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